第4章 第1節 ジョブ型雇用
千鳥ヶ淵研究室 主任研究員 遠藤恵
前章までは、政府がこれまでコロナ禍で講じてきた施策等について取り上げてきた。本節では、コロナ禍が常となっている今、現状を乗り越えた先にある様々な働き方や取り組みとして、「ジョブ型雇用」について取り上げる。
1.メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用
日本の雇用制度は、新卒一括採用・終身雇用が主流とされてきたことを背景として、メンバーシップ型雇用が多くを占める傾向にある。しかし近年、“ジョブ型雇用”という言葉を耳にすることが増えてきており、さらにテレワークが進んだことも契機としてジョブ型雇用が注目されている。そこで、改めて、メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用の概念について確認したい。
1)メンバーシップ型雇用
メンバーシップ型雇用とは、職務内容を定めずに企業が総合的に判断して従業員に仕事を割り当てる、日本において一般的な雇用形態を示すといえる。その特徴として、新卒での一括採用、長期的・終身雇用、年功序列賃金、異動・転勤を含む、企業内での人材育成、つまり、雇用が安定し、仕事を通じてスキルを磨くことが期待できる点があげられる。
通常は、意欲や適性・相性を重視して採用後し、異動や転勤を繰り返してキャリアアップしていく仕組みで、勤務地や職位は企業が人事権の裁量で決めていく。なお、従業員は業務ではなく組織への帰属意識が高い傾向にあることもと特徴の一つといえる。
2)ジョブ型雇用
ジョブ型雇用とは、あらかじめ職務内容や責任の範囲、勤務地等を明確にしたうえで、その職務やポストに対して人材の雇用・配置を行う雇用形態を示している。また、日本経済団体連合会(経団連)が「採用と大学教育の未来に関する 産学協議会・報告書」において、「特定のポストに空きが生じた際にその職務(ジョブ)・役割を遂行できる能力や資格のある人材を社外から獲得、あるいは社内で公募する雇用形態のこと」とジョブ型雇用を表現し、本制度の注目度が高まった背景もある。厚生労働省の「雇用ワーキング・グループ報告書」においても、ジョブ型正社員の定着・普及が「多様な(多元的な)雇用形態を作る」ことから、非正規社員の雇用安定・ワークライフバランスの達成や継続的なキャリア形成の実現に寄与することになると表明している。
ジョブ型雇用の主な特徴としては、賃金も業務内容によって決定されることが多く、さらに、勤務場所についても明確にされているため、異動・転勤もない場合が一般的なものとしてあげられる。そして、具体的な職務や責任の範囲等は、「職務記述書(ジョブディスクリプション)」と呼ばれる文書に規定され、労働者と企業の間で合意を得ることによって雇用契約へとつながっていく。なお、職務記述書に基づき就労することとなるため、企業は定められた職務以外の配置転換は原則できかねるが、その職務がなくなった場合、雇用契約を解除することも可能と解釈できるため、メンバーシップ型雇用と比べ、人材の流動性が高く、解雇規制が緩やかとされうる懸念が想定されている。
2.ジョブ型雇用導入のメリット・デメリット
ここでは、ジョブ型雇用を導入するにあたり、メリット・デメリットについて挙げていく。
1)メリット
①役割の明確化による、生産性向上と専門分野に特化した人材の育成
職務内容や必要な能力、報酬が明確になるため、従業員にとって、仕事の満足度・パフォーマンスの向上が期待できる。また、職種(グレード)ごとの役割・職責の違いを賃金に明確に反映する必要があることから、給与体系も明確になり、報酬の公平性・最適化につながる。
②中途採用やフリーランスを活用しやすい環境の構築
職務ごとに求めるスキルや経験が明確になるため、適正な職務と人材のマッチングが可能となり、経験者採用やフリーランスの活用が容易になりやすい。また、職務を限定してキャリアを形成できるため、採用におけるアピールポイントになるとともに、働き方のミスマッチや希望するキャリアとのミスマッチを防ぐことが期待できる。
③有能な外国人材の確保
国内・国外を問わず、優秀な外国人材の採用・活用・定着を進めるためには、産業別での賃金体系が主流である国際水準に合わせるべく、ジョブ型賃金を採用しようとする風潮の高まりが予想されうる。
④同一労働・同一賃金による賃金決定方法との調和
パートタイム・有期雇用労働法に規定されている「同一労働・同一賃金」は、「職務の内容・責任の程度等」により、仕事を基準にした賃金決定を求めている。そのため、法律上求められる賃金・待遇決定の仕組みと人事制度がリンクしており、多様な雇用環境に対応できる制度といえる。
2)ジョブ型雇用のデメリット
①職務記述書の継続的見直しの必要性
組織内の職務を分析し、職務ごとに内容を明確化する職務記述書の作成は、まず職務要件を整備しなければならず、そのための時間や労力が求められる。さらに一度作成した職務記述書は、技術の進歩や環境の変化、さらには組織再編のたびに更新されることが予想される。
②人事権の行使
ジョブ型雇用では、メンバーシップ型雇用のように企業側の裁量による人事権を行使し、合意なく社員が望まない人事異動を命令できかねる性質が強い。よって、企業主導の人材活用や組織づくりの柔軟性は低下する傾向にある。
③人材育成・キャリア形成への課題
企業側主導のジョブローテーションによる人材育成が難しくなり、キャリア形成に対する社員の意識改革や、新たな能力開発・教育プログラムの整備を通じて従業員の専門的能力の強化を推進していく必要がある。
④採用の難易度・帰属意識の希薄
ジョブ型雇用では高度な専門スキルを持った人材の採用を目的とするため、他社との競争率は必然的に高くなる。求職者からしても、より良い職場へ転職活動が行いやすい環境が構築されやすい。
3.ジョブ型雇用の導入手順
導入においては様々な障壁が見受けられるが、現状、日本では、株式会社日立製作所や富士通株式会社など大企業を筆頭に多くの企業がジョブ型雇用の導入・推進を進めており、実施を検討している企業も多くある。ここでは、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へ移行するにあたって特に注目すべき項目について整理する。
1)職務記述書の作成
現状の賃金制度から、ジョブ型賃金制度へ移行するためには、職務記述書の作成がまず挙げられる。初めに各従業員の業務内容を上司、担当者、第三者の支援・協力により丁寧に記述していくことが求められる。同時に職務分析を行うことで、主要となる業務、職務責任の内容と程度、必要な資格、教育項目、業務遂行の複雑さ・困難さ、取引先との関係等を明確にしつつ、列挙することが望ましい。(本来の職務記述書は、業務ごとに職務分析を行うことになるが、新制度として新設する場合には、既存の従業員からも協力を仰ぐことがポイントといえる。)
2)職務評価(グレード表)の作成
続いて、職務分析によって明らかになった各仕事(職務)の価値・レベルに基づいて、職務等級の段階設定を行う。具体的には、職務評価として、職務記述書に基づき具体化した業務内容に対して、企業にとっての価値を業務ごとに評価していくこととなる。今回は導入が比較的行いやすい分類法を例示する。
分類法では、下記に挙げる参考表のように各従業員が該当するレベルを基準化したグレード(等級など)表を用いて各従業員のレベルを決めていくことができる。このグレード表は、企業によって自由に設定でき、グレード数も企業の状況に応じて工夫していく必要がある。このようにして、企業にとっての職務・従業員ごとの担当業務の職務価値を示すグレードが定まり、そのグレードに応じた賃金を支給することとなる。
出典:厚生労働省「職務(役割)評価活用のポイントと活用事例(43頁)」
出典:厚生労働省「職務(役割)評価活用のポイントと活用事例(47頁)」
https://www.mhlw.go.jp/topics/2007/06/dl/tp0605-1-140731-0.pdf
3)賃金表の作成
以上により、各従業員・職務に応じたグレードが定まることから、このグレードごとの賃金を設定する必要がある。賃金表の作成にあたっては、グレートごとの上限・下限賃金を定め、一定の幅を持たせることで運用面における柔軟さも考慮しながら確定することも考えられる。
4)新賃金制度への移行
いよいよ、新賃金制度への移行となるが、問題となるのは、現行賃金と新賃金の賃金差問題である。新賃金が高くなる場合には影響は少ないといえるが、新賃金が現行賃金よりも低くなる場合には、労働条件の不利益変更に該当する懸念も残るため、従業員へ新制度の重要性を丁寧に説明しつつ、現行賃金を可能な限り維持し、賃金格差を段階的に解消していくような取り組みも必要といえる。しかしながら、賃金低下を伴う制度変更は、なかなか難しく、不利益緩和措置の実施も含めて慎重な判断が求められる。
4.今後の展望、おわりに
コロナ禍において、テレワークが急速に進みジョブ型雇用には注目が集まっている。厳しいビジネス環境の中で生き残るための手段の一つであるジョブ型雇用であるが、その導入には、慎重かつ丁寧な準備が必要となると考えられる。自社でも導入できるのか、そもそも導入すべきなのか。企業は慎重に見極め、ジョブ型雇用の導入が目的になってしまわないように気をつける必要があるといえる。
経団連は、「2020年版 経営労働政策特別委員会報告」のなかで、「ただちにジョブ型雇用への移行を検討することは現実的ではない。各企業が自社の置かれている現状に基づき、まずは『メンバーシップ型社員』を中心に据えながら、『ジョブ型社員』が一層活躍できるような複線型の制度を構築・拡充していくことが、今後の方向性になる」と述べている。「ジョブ型雇用」への転換は、その必然性があり、転換に必要なマンパワーやコスト、時間を投資できる企業が取り組むべきものであると、推奨はするものの、やみくもで性急な導入は慎みたいとしている。
企業にはそれぞれにおいて経営理念や理想、未来への展望がある。以上のことからも、それらを達成させるための戦略のひとつとして、従業員個人の知識や経験、スキルを正しく把握し、それらの集合体を人的資本としていかに活用していくか、その手段の一つとして、まずは「ジョブ型雇用とは何か」を経営陣、人事労務担当者の方々が正しく理解することが大切であり、そのうえで、単に欧米のジョブ型雇用システムを取り入れることを目的とせず、各々に適した雇用制度を検討していくことが肝要となると考える。
次節以降でも引き続き、これからの社会全体がコロナ禍を乗り越えてどのような働き方や取り組みを主流としていくのかを捉え、その乗り越えた先にある様々な働き方等について論じていくものとする。
【参考資料】
1.規制改革会議 雇用ワーキング・グループ、「多様な正社員(ジョブ型正社員)について」、厚生労働省(平成26年4月25日)
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000045355.pdf
(参照2022年11月8日)
2.厚生労働省、「職務(役割)評価活用のポイントと活用事例」(平成27年7月)
https://www.mhlw.go.jp/topics/2007/06/dl/tp0605-1-140731-0.pdf
(参照2022年11月8日)
3.一般社団法人 日本経済団体連合会、「採用と大学教育の未来に関する産学協議会・報告書『Society 5.0 に向けた大学教育と 採用に関する考え方』」(2020年3月31日)
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