第2章 第6節 総括

第2章第6節 総括

千鳥ヶ淵研究室 主任研究員 小松容己

本章の総括にあたって、現在我が国のコロナウイルス感染状況とワクチン接種状況を見てみよう。

<ワクチン接種状況【2021/10/23時点 政府CIOポータルサイトより】>
人口 126,645,025人
接種数 170,590,424回
1回目接種数 89,326,879回
1回目接種率 70.53%
2回目接種数 81,263,545回
2回目接種率 64.17%
<世界におけるワクチン接種状況【NHK特設サイト 新型コロナウイルスより】>
ワクチン 少なくとも1回接種した人(割合) 2021/10/22時点※Our World in Dataから取得
スペイン 81.10%
韓国 79.10%
イタリア 76.80%
日本 76.32%
中国 76.22%
<国内感染者数 2021/10/24時点>
感染者数 1,716,692人
死亡者数 18,191人
新規感染者数 277人(2021/10/23時点)

新型コロナウイルス感染拡大を予防に有効とされるワクチン接種率も約70%となり、世界的にも高水準のものとなった。また、感染者に対する治療についても、厚生労働省は、新型コロナウイルスの軽症患者などを対象にした「抗体カクテル療法」(新型コロナウイルスに結合する2種類の抗体を混ぜ合わせて使用する治療)について、10月5日までに全国でおよそ3万5000人が投与を受けたと見られると発表されるなど、重症化を防ぐための対策も前進していることが見受けられる。
新型コロナウイルスの感染が広まった2020年初頭と比べて、その拡大は緩やかに縮小傾向にあり、加えて長らく続いた緊急事態宣言も解除され、近い将来元の日常を取り戻せる予感を感じさせる数字となった。
そこで、本節では、新型コロナウイルスの感染拡大期から執筆を開始した本書の振り返りとして、コロナ禍における在宅勤務の実態と課題について総括していく。

1、在宅勤務の利用実績

企業規模が大きくなるほど、導入率が高くなる傾向がある。これは、情報機器や環境整備の負担が大きいことから、必然と中小企業で導入することが困難であることが理由として挙げられる。

業種別にみると、情報通信業が圧倒的に高く、医療・福祉や運輸業・郵便業等は低い。これは、業種によっては、在宅勤務に向き不向きがあるからといえる。直接患者と接する業務が多い医療・福祉の利用率が進んでいないのも一つの例である。

2、在宅勤務における課題

①在宅勤務を実施してみた生じた課題1 労働時間

労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう。在宅勤務での労働時間管理の方法は、会社で勤務する場合と同様の管理が必要となる。原則的な方法として、使用者が自ら現認することにより確認することやタイムカード、ICカード、PCの使用時間の記録での管理をすることが挙げられる。
在宅勤務の場合は、クラウド上の出退勤管理システムでの打刻、管理者に対してメールによる報告を行う、自己申告制の割合が多いことが特徴である。

在宅勤務者の労働時間制度としては、通常の労働時間管理の他に、フレックスタイム制や変形労働時間制を導入している企業が多い。

在宅勤務が定着し、私生活との境界が曖昧になり、長時間労働のリスクが高まっている。そこで、労働時間外の業務連絡を受けない「つながらない権利」が世界的に注目されている。欧州などで法制化を進める国も増えている。今後は日本も柔軟な働き方と労働者の健康を両立させるルールの策定が求められていくことだろう。また、在宅勤務時の労働管理には、仕事の場と私生活の場が混在していることを前提とした、在宅勤務者に負担をかけない方法を構築する必要があるといえる。

②在宅勤務を実施してみた生じた課題2 諸経費

在宅勤務を行うことによって生じる費用(通信費、情報機器費用等)については、通常の勤務と異なり、在宅勤務を行う労働者がその費用を負担することがあり得ることから、労使のどちらがどのように負担するか、また、使用者が負担する場合の限度額、労働者が請求する場合の請求方法等については、事前に労使で話し合い、就業規則等において定めておくことが必要となっている。

東京都が「2021年 春季賃上げ調査」のなかでコロナ禍における組合活動に関する付帯調査を実施したが、そのなかで、諸経費(通信・光熱費)の支給を4割ほどの組合が要求事項として回答している。このことから、今後も労働者を採用する際や在宅勤務を導入する際に、適切な費用負担となるようその取扱いについて、労使でよく話し合うことが望ましいだろう。

3、原則出勤へ切り替える(元に戻す)際の懸念点

緊急的に取り入れた在宅勤務には、複数の課題が見受けられる。
コロナウイルスの感染拡大が落ち着き、日常生活が戻った場合、その課題を理由に、従来の働き方に戻す可能性もある。この場合の注意点にも触れておこう。

原則出勤へ切り替える際の懸念点としてのポイントは、それが不利益変更となるか否かであろう。コロナ禍の対応として、適用した労働時間制等を変更した際の規程等に、元に戻すことが予定されているのであれば、その場合は当然に、その規程に則って元に戻すことになり、不利益変更の問題とはならない。ただし、元に戻す際は、労使で調整を図ることは言うまでもないだろう。
一方で、労働時間制等を変更した際の規程等に、元に戻すことを予定するものがなければ、変更した条文を削除することが必要となるので、不利益変更の問題となるだろう。
原則、労働条件は使用者と労働者の合意によって決まる。つまり、使用者と労働者双方で労働条件を合意した場合は、使用者は一方的に労働条件を変更することができないのである。しかし、その変更に合理性・変更後の就業規則の周知がある場合は、変更することができるとされている。それは以下によって総合的に判断される。

1)労働者の受ける不利益の程度
2)労働条件変更の必要性
3)変更後の就業規則の内容の相当性
4)労働組合等との交渉状況
5)その他就業規則の変更に係る事情

ただし、通常の不利益変更の問題と異なるのは、「元の労働条件に戻る」、という不利益であることだ。以前の労働条件に戻るだけなので、労働者への不利益の程度が問題となる。ここでは、コロナ禍により変化した感染リスクが、元に戻す時点でどのように変化したのかが、労働者の不利益の程度においてポイントとなる。つまり、感染リスクが低下したとか、感染リスク対応の方法がある程度確立した等の変化があれば、労働者の不利益の程度は低下すると考えられる。つまり、業種によっては、業務の性質上、出勤して労働した方が生産性が上がる・効率的であるという場合は、在宅勤務勤務を変更するという必要性は高くなるといえる。

4、おわりに

在宅勤務は、ウィズコロナの「新しい生活様式」に対応した働き方であると共に、時間や場所を有効活用できる働き方でもある。今後は、企業の諸事情等により原則的な働き方に戻すことも考えられるが、継続して在宅勤務の導入・定着を図っていくことが重要ではなかろうか。