第3章 第7節 総括

第3章 第7節 総括

千鳥ヶ淵研究室 総括責任者 小林幸雄

序論

第3章は国がコロナ対策で行ってきた雇用に関する施策について、その実効性および利便性について社会保険労務士の立場で検証する、ということで、第1節、コロナ禍における労務に関する施策一覧、第2節、雇用調整助成金、第3節、その他の助成金、第4節、標準報酬月額の特例改定、第5節、その他の施策、第6節、電子申請の普及について述べてきた。

第7節は、コロナ禍における雇用に関する様々な施策のなかで、第2節の雇用調整助成金のコロナ禍における特例措置と、第4節標準報酬月額の特例改定について、緊急一時的に発出された特例について総括したいと考えるが、合わせて2021年版社会保険労務士白書を引用して、全国社会保険労務士会連合会(以下、連合会)が労働・社会保険諸法令を扱う国家資格者としてコロナ禍という国難に対し、どのように社会的使命を果たしてきたかを紹介したい。

日本におけるパンデミックを時系列で振り返ってみると、2020年1月に国内初の感染者が確認され、2月には新型コロナ感染症が指定感染症・検疫感染症に指定された。

そして、大規模イベントなどの中止要請、3月には小中高校学校に臨時休校が要請され、4月16日には7都道府県に発出されていた緊急事態宣言が全国に拡大された。

新しい行動様式は、外出自粛や飲食店に対する休業要請・時短営業など社会経済活動の制限に止まらず、世界的な感染拡大によるサプライチェーンの毀損停滞、部品調達の遅れは、操業縮小など企業を取り巻く経営環境をも一変させることになる。

2020年1月から始まったコロナ禍で、連合会が政府要請に応えながらどのようなサポートを行ったかを紹介することは意義ある事と考え序論とする。

1.雇用調整助成金特例措置に関する総括

連合会では、2020年4月10日から19日にかけて、全国の現場を熟知する社会保険労務士に雇用調整助成金に関する課題や要望についてアンケートを行った。主な意見として

  1. 支給対象となる事業所は、創業したばかりの事業所、過去1年以内に事業を拡大した事業所も対象として欲しい、
  2. 支給対象者は、役員、個人事業主、家族従業員に拡大してほしい、
  3. 生産指標要件を撤廃して欲しい、
  4. 法定帳簿類の未整備が散見される小規模事業者からの依頼については、不正受給による社労士の連帯責任を免除して欲しい、
  5. 窓口ごとに異なるローカルルールを撤廃して欲しい、
  6. 助成金センター等、窓口の電話が繋がりにくいので回線を増やしてほしい、
  7. 要件やマニュアルが頻繁に変更されるので申請側、審査側双方に混乱を解消して欲しい、
  8. 助成金申請の電子化を図って欲しい

などが現場の声として厚生労働省に伝えられ、雇用調整助成金の要件緩和など問題の改善につながった。雇用調整助成金の特例措置の内容については、第2節で小松が述べてきたが、独立行政法人労働政策研究・研修機構の資料が分かりやすく整理されているので引用して紹介する。



出典:雇用調整助成金のコロナ特例について (独)労働政策研究・研修機構 pp.4-6

申請手続きにあたる社労士としては、特例措置の内容で特に、生産指標要件の緩和及び添付書類(エビデンス資料)の簡略化と、法定帳簿が整備されていない中小・零細企業の依頼について社会保険労務士が連帯責任を問われないことが、スムーズな助成金の受給と申請件数の増加に貢献できたと考えている。

2.社会保険料の標準報酬月額の特例改定に関する総括

社会保険料の随時改定は、毎年9月に定時決定される社会保険料が、昇給や降給によって給与額に変動があった場合に、変更があった月から3か月分の給与総額を平均し算出した額が、健康保険・厚生年金保険の保険料額表で2等級以上の変動があった場合に改定するものであるが、特例改定は、新型コロナウイルス感染症の影響に伴う休業で著しく報酬が下がった場合に、通常の随時改定によらず、給与が下がった翌月から改定を認めるものである。

要件としては、被保険者の十分な理解に基づく事前の書面による同意が必要となる。なぜなら下がった標準報酬月額が、年金や傷病手当金、出産手当金などの給付に反映され、将来の受給額が減額となるからである。

特例改定は、第1回目の緊急事態宣言が発出された、令和2年4月から令和2年7月に実施され、その後延長、再延長、再々延長され、令和4年9月までの時限的な施策となっており、雇用調整助成金の特例措置期間と重複する。

特例改定の内容については日本年金機構のウエブサイトで確認することができ、お知らせとして掲示されているが、施策の目的については確認することができなかった(厚生労働省リーフレット 標準報酬月額の特例改定について)。

https://www.nenkin.go.jp/oshirase/topics/2021/0810.files/leaflet.pdf

 

国の社会保障制度は、医療・年金が制度の柱となり社会保障費が歳出の3割を占めている。国民誰もが平等に医療を受けられ、年金制度が国民のライフリスクに対するセーフティーネットとなっているのは周知のとおりである。

コロナ禍におけるこの特例改定は、目先の給与手取額の補完と、コロナ禍で業績が悪化した事業主に対する法定福利費の圧縮と考えられるが、第4節で黒澤が論じたように、利便性は悪く実効性に乏しい。コロナ禍における国民のセーフティーネットとして、給与手取額の目減り防止を目的とするなら、被保険者の同意が必要な特例改定に合理性がない。特例改定を選択する不利益を被保険者が正確に把握できなければ、同意するか否かの判断も悩ましいものになるのではないか、と考える。

新型コロナウイルス感染症拡大により休業や時短勤務を余儀なくされた結果、給与が減額となったのであればその休業期間中の社会保険料は、育児休業中と同様に社会保険料を全額免除とし、かつ給付額にも反映させないものとするべきはないかと思う。

合わせて、自営業者やフリーランスにも配慮した、国民健康保険税、国民年金保険料の減免も合わせて検討されていれば、コロナ禍における国民のセーフティーネットとして機能したのではないか、ということを述べ、第3章の総括とする。

第4章「コロナ禍における労務管理-BeyondCORONA」

第4章「コロナ禍における労務管理-BeyondCORONA」

 

千鳥ヶ淵研究室 統括責任者 小林幸雄

 

社労士法人小林労務千鳥ヶ淵研究室では、「コロナ禍における労務管理に関する報告書」として、第1章「コロナ禍における在宅勤務」、第2章「コロナ禍における健康管理と安全衛生」、第3章「コロナ禍における行政施策の分類、効果及利便性の検証」をテーマに論じてきた。

全国社会保険労務士会連合会から発刊された「社会保険労務士白書2021年版」では、コロナ禍における社会保険労務士の取り組みについて「一社でも多くの企業の経営を維持し、一人でも多くの労働者の雇用を守るため、社労士が使命感を持って全力で業務にあたる」を決意としてBeyondCORONAをテーマに掲げ、社会に発信している。

そこで最終章となる第4章では、社会保険労務士として上述の決意を果たすとともにBeyondCORONAについて論じてみたい。Beyondとは「乗り越えて」という意味であり、千鳥ヶ淵研究室では、BeyondCORONAをこれから社会全体がコロナ禍を乗り越えてどのような働き方や取り組みが主流になっていくのかと捉え、コロナ禍を乗り越えた先の様々な働き方や取り組みについて論じていきたいと考える。

 

第1節 ジョブ型雇用

第2節 副業・兼業

第3節 選択型週休3日制

第4節 インクルージョンとダイバーシティ

第5節 総括

 

<参考URL>

社会保険労務士白書 2021年版

第4章 第1節 ジョブ型雇用

第4章 第1節 ジョブ型雇用

千鳥ヶ淵研究室 主任研究員 遠藤恵

前章までは、政府がこれまでコロナ禍で講じてきた施策等について取り上げてきた。本節では、コロナ禍が常となっている今、現状を乗り越えた先にある様々な働き方や取り組みとして、「ジョブ型雇用」について取り上げる。

1.メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用

日本の雇用制度は、新卒一括採用・終身雇用が主流とされてきたことを背景として、メンバーシップ型雇用が多くを占める傾向にある。しかし近年、“ジョブ型雇用”という言葉を耳にすることが増えてきており、さらにテレワークが進んだことも契機としてジョブ型雇用が注目されている。そこで、改めて、メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用の概念について確認したい。

1)メンバーシップ型雇用

メンバーシップ型雇用とは、職務内容を定めずに企業が総合的に判断して従業員に仕事を割り当てる、日本において一般的な雇用形態を示すといえる。その特徴として、新卒での一括採用、長期的・終身雇用、年功序列賃金、異動・転勤を含む、企業内での人材育成、つまり、雇用が安定し、仕事を通じてスキルを磨くことが期待できる点があげられる。

通常は、意欲や適性・相性を重視して採用後し、異動や転勤を繰り返してキャリアアップしていく仕組みで、勤務地や職位は企業が人事権の裁量で決めていく。なお、従業員は業務ではなく組織への帰属意識が高い傾向にあることもと特徴の一つといえる。

2)ジョブ型雇用

ジョブ型雇用とは、あらかじめ職務内容や責任の範囲、勤務地等を明確にしたうえで、その職務やポストに対して人材の雇用・配置を行う雇用形態を示している。また、日本経済団体連合会(経団連)が「採用と大学教育の未来に関する 産学協議会・報告書」において、「特定のポストに空きが生じた際にその職務(ジョブ)・役割を遂行できる能力や資格のある人材を社外から獲得、あるいは社内で公募する雇用形態のこと」とジョブ型雇用を表現し、本制度の注目度が高まった背景もある。厚生労働省の「雇用ワーキング・グループ報告書」においても、ジョブ型正社員の定着・普及が「多様な(多元的な)雇用形態を作る」ことから、非正規社員の雇用安定・ワークライフバランスの達成や継続的なキャリア形成の実現に寄与することになると表明している。

ジョブ型雇用の主な特徴としては、賃金も業務内容によって決定されることが多く、さらに、勤務場所についても明確にされているため、異動・転勤もない場合が一般的なものとしてあげられる。そして、具体的な職務や責任の範囲等は、「職務記述書(ジョブディスクリプション)」と呼ばれる文書に規定され、労働者と企業の間で合意を得ることによって雇用契約へとつながっていく。なお、職務記述書に基づき就労することとなるため、企業は定められた職務以外の配置転換は原則できかねるが、その職務がなくなった場合、雇用契約を解除することも可能と解釈できるため、メンバーシップ型雇用と比べ、人材の流動性が高く、解雇規制が緩やかとされうる懸念が想定されている。

 

2.ジョブ型雇用導入のメリット・デメリット

ここでは、ジョブ型雇用を導入するにあたり、メリット・デメリットについて挙げていく。

1)メリット

①役割の明確化による、生産性向上と専門分野に特化した人材の育成

職務内容や必要な能力、報酬が明確になるため、従業員にとって、仕事の満足度・パフォーマンスの向上が期待できる。また、職種(グレード)ごとの役割・職責の違いを賃金に明確に反映する必要があることから、給与体系も明確になり、報酬の公平性・最適化につながる。

②中途採用やフリーランスを活用しやすい環境の構築

職務ごとに求めるスキルや経験が明確になるため、適正な職務と人材のマッチングが可能となり、経験者採用やフリーランスの活用が容易になりやすい。また、職務を限定してキャリアを形成できるため、採用におけるアピールポイントになるとともに、働き方のミスマッチや希望するキャリアとのミスマッチを防ぐことが期待できる。

③有能な外国人材の確保

国内・国外を問わず、優秀な外国人材の採用・活用・定着を進めるためには、産業別での賃金体系が主流である国際水準に合わせるべく、ジョブ型賃金を採用しようとする風潮の高まりが予想されうる。

④同一労働・同一賃金による賃金決定方法との調和

パートタイム・有期雇用労働法に規定されている「同一労働・同一賃金」は、「職務の内容・責任の程度等」により、仕事を基準にした賃金決定を求めている。そのため、法律上求められる賃金・待遇決定の仕組みと人事制度がリンクしており、多様な雇用環境に対応できる制度といえる。

2)ジョブ型雇用のデメリット

①職務記述書の継続的見直しの必要性

組織内の職務を分析し、職務ごとに内容を明確化する職務記述書の作成は、まず職務要件を整備しなければならず、そのための時間や労力が求められる。さらに一度作成した職務記述書は、技術の進歩や環境の変化、さらには組織再編のたびに更新されることが予想される。

②人事権の行使

ジョブ型雇用では、メンバーシップ型雇用のように企業側の裁量による人事権を行使し、合意なく社員が望まない人事異動を命令できかねる性質が強い。よって、企業主導の人材活用や組織づくりの柔軟性は低下する傾向にある。

③人材育成・キャリア形成への課題

企業側主導のジョブローテーションによる人材育成が難しくなり、キャリア形成に対する社員の意識改革や、新たな能力開発・教育プログラムの整備を通じて従業員の専門的能力の強化を推進していく必要がある。

④採用の難易度・帰属意識の希薄

ジョブ型雇用では高度な専門スキルを持った人材の採用を目的とするため、他社との競争率は必然的に高くなる。求職者からしても、より良い職場へ転職活動が行いやすい環境が構築されやすい。

 

3.ジョブ型雇用の導入手順

導入においては様々な障壁が見受けられるが、現状、日本では、株式会社日立製作所や富士通株式会社など大企業を筆頭に多くの企業がジョブ型雇用の導入・推進を進めており、実施を検討している企業も多くある。ここでは、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へ移行するにあたって特に注目すべき項目について整理する。

1)職務記述書の作成

現状の賃金制度から、ジョブ型賃金制度へ移行するためには、職務記述書の作成がまず挙げられる。初めに各従業員の業務内容を上司、担当者、第三者の支援・協力により丁寧に記述していくことが求められる。同時に職務分析を行うことで、主要となる業務、職務責任の内容と程度、必要な資格、教育項目、業務遂行の複雑さ・困難さ、取引先との関係等を明確にしつつ、列挙することが望ましい。(本来の職務記述書は、業務ごとに職務分析を行うことになるが、新制度として新設する場合には、既存の従業員からも協力を仰ぐことがポイントといえる。)

2)職務評価(グレード表)の作成

続いて、職務分析によって明らかになった各仕事(職務)の価値・レベルに基づいて、職務等級の段階設定を行う。具体的には、職務評価として、職務記述書に基づき具体化した業務内容に対して、企業にとっての価値を業務ごとに評価していくこととなる。今回は導入が比較的行いやすい分類法を例示する。

分類法では、下記に挙げる参考表のように各従業員が該当するレベルを基準化したグレード(等級など)表を用いて各従業員のレベルを決めていくことができる。このグレード表は、企業によって自由に設定でき、グレード数も企業の状況に応じて工夫していく必要がある。このようにして、企業にとっての職務・従業員ごとの担当業務の職務価値を示すグレードが定まり、そのグレードに応じた賃金を支給することとなる。

出典:厚生労働省「職務(役割)評価活用のポイントと活用事例(43頁)」

出典:厚生労働省「職務(役割)評価活用のポイントと活用事例(47頁)」
https://www.mhlw.go.jp/topics/2007/06/dl/tp0605-1-140731-0.pdf

3)賃金表の作成

以上により、各従業員・職務に応じたグレードが定まることから、このグレードごとの賃金を設定する必要がある。賃金表の作成にあたっては、グレートごとの上限・下限賃金を定め、一定の幅を持たせることで運用面における柔軟さも考慮しながら確定することも考えられる。

4)新賃金制度への移行

いよいよ、新賃金制度への移行となるが、問題となるのは、現行賃金と新賃金の賃金差問題である。新賃金が高くなる場合には影響は少ないといえるが、新賃金が現行賃金よりも低くなる場合には、労働条件の不利益変更に該当する懸念も残るため、従業員へ新制度の重要性を丁寧に説明しつつ、現行賃金を可能な限り維持し、賃金格差を段階的に解消していくような取り組みも必要といえる。しかしながら、賃金低下を伴う制度変更は、なかなか難しく、不利益緩和措置の実施も含めて慎重な判断が求められる。

 

4.今後の展望、おわりに

コロナ禍において、テレワークが急速に進みジョブ型雇用には注目が集まっている。厳しいビジネス環境の中で生き残るための手段の一つであるジョブ型雇用であるが、その導入には、慎重かつ丁寧な準備が必要となると考えられる。自社でも導入できるのか、そもそも導入すべきなのか。企業は慎重に見極め、ジョブ型雇用の導入が目的になってしまわないように気をつける必要があるといえる。

経団連は、「2020年版 経営労働政策特別委員会報告」のなかで、「ただちにジョブ型雇用への移行を検討することは現実的ではない。各企業が自社の置かれている現状に基づき、まずは『メンバーシップ型社員』を中心に据えながら、『ジョブ型社員』が一層活躍できるような複線型の制度を構築・拡充していくことが、今後の方向性になる」と述べている。「ジョブ型雇用」への転換は、その必然性があり、転換に必要なマンパワーやコスト、時間を投資できる企業が取り組むべきものであると、推奨はするものの、やみくもで性急な導入は慎みたいとしている。

企業にはそれぞれにおいて経営理念や理想、未来への展望がある。以上のことからも、それらを達成させるための戦略のひとつとして、従業員個人の知識や経験、スキルを正しく把握し、それらの集合体を人的資本としていかに活用していくか、その手段の一つとして、まずは「ジョブ型雇用とは何か」を経営陣、人事労務担当者の方々が正しく理解することが大切であり、そのうえで、単に欧米のジョブ型雇用システムを取り入れることを目的とせず、各々に適した雇用制度を検討していくことが肝要となると考える。

次節以降でも引き続き、これからの社会全体がコロナ禍を乗り越えてどのような働き方や取り組みを主流としていくのかを捉え、その乗り越えた先にある様々な働き方等について論じていくものとする。

 

【参考資料】

1.規制改革会議 雇用ワーキング・グループ、「多様な正社員(ジョブ型正社員)について」、厚生労働省(平成26年4月25日)
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000045355.pdf
(参照2022年11月8日)

2.厚生労働省、「職務(役割)評価活用のポイントと活用事例」(平成27年7月)
https://www.mhlw.go.jp/topics/2007/06/dl/tp0605-1-140731-0.pdf
(参照2022年11月8日)

3.一般社団法人 日本経済団体連合会、「採用と大学教育の未来に関する産学協議会・報告書『Society 5.0 に向けた大学教育と 採用に関する考え方』」(2020年3月31日)

第4章 第2節 副業・兼業

第4章 第2節 副業・兼業

千鳥ヶ淵研究室 主任研究員 遠藤恵

前節では、ジョブ型雇用について論じてきたが、本節では、副業・兼業に関する事柄について述べていく。

1、はじめに

副業と兼業について法的な定義はされておらず、また、行政機関においても明確な使い分けはせずに「副業・兼業」とひとくくりにして表現している。そのような中、一般的な認識として、「副業」は、本業とあまり関連性がなく、本業を中心としつつ空き時間に行う仕事というイメージを持たれることが多い。一方で、「兼業」とは、本業と関連性の高い仕事であり、本業と同等の水準で行う仕事を示す傾向にある。

なお、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」において、「副業・兼業の形態も、正社員、パート・アルバイト、会社役員、起業による自営業主等さまざまである。」とあるように、使用者と“労働契約”が発生しない「自営業主(フリーランス)等」としての働き方も副業・兼業に含まれているものであるが、本節では、“労働者”という立場で労働契約関係が成立していることを前提として副業・兼業を行う際の留意事項等について整理をしていく。

1)副業・兼業への期待

副業・兼業は、スキル向上や新たな知識・技術の習得、副業で得たものを本業に役立てるといった相乗効果、さらには第2の人生の準備として期待できるとされている。また、個人の視点からも人生100年時代を迎え、若いうちから、自らの希望する働き方を選べる環境を構築していく努力が求められるとされ、多様な働き方への関心が高まっている。さらに、企業においても副業・兼業を容認する動きが広がっている。

2)企業に求められる対応

このような近況において、企業が副業・兼業を進めるうえでどのような対応が求められるのだろうか。まずは、就業規則などの見直しにより、副業・兼業を認める環境を整えることである。次いで、「労働時間の通算管理」が課題として挙げられる。労働契約に基づき副業・兼業を行う場合、原則として、自社と副業・兼業先の労働時間を通算して管理しなければならない。労働時間を通算して管理するために、労働者が行う副業・兼業の内容を確認する体制整備が必要であり、そのためには、副業・兼業を開始する前に、労働者からの申告等により、当該情報を確認するための仕組み作りが求められる。続いて、副業・兼業の内容を確認したら、実際に労働時間の通算を行う。労働時間の通算方法は二通りあり、原則的な方法もしくは、簡便な方法(管理モデル)のいずれかによるかを検討することができる。このように労働時間を通算し管理するにあたって、自社にとって取り入れやすい方法を採用し、自社と副業・兼業先の労働時間を確実に通算したうえで、適切な労働時間の管理を行い、長時間労働によって労働者の健康が阻害されないよう、過重労働を防止することや健康確保を図ることが重要といえる。

3)メリットと留意事項

副業・兼業を行うことのメリットは、働く方の状況によってさまざまであるが、たとえば、次のような想定できる。

  • 離職せずとも別の仕事に就くことが可能となり、スキルや経験を得ることで、主体的にキャリア形成ができる。
  • 既に行っている仕事の経験を活かして、自分がやりたいことに挑戦でき、自己実現を追求できる。
  • 収入が増加する。
  • 一方、留意事項として考慮しなければいけない点もあり、次のようなものが挙げられる。
  • 就業時間が長くなる可能性があるため、自身による就業時間や健康の管理も一定程度必要である。
  • 副業・兼業によって既に行っている仕事に支障が生じないようにすること、既に行っている仕事と副業・兼業それぞれで知り得た業務上の秘密情報を漏らさないことなどに留意する必要がある。
  • 1週間の所定労働時間が短い業務を複数行う場合に、雇用保険等の適用を受けないことも考えられ、十分な社会的補償が受けられない懸念が残る。

 

2、副業・兼業を導入する際の考慮要素

副業・兼業に関する裁判例では、労働者が労働時間以外の時間をどのように過ごすかは、基本的には労働者の自由であるとされていることから、特段の事情がない限り、副業・兼業を認める方向で検討を進めることが妥当とされうる。ここでは、副業・兼業を認めるにあたって取り組むべき内容について取り上げていく。

1)就業規則等の整備

副業・兼業を禁止や一律許可制にしている企業は、副業・兼業を認める方向で就業規則等を見直すことが望ましいとされており、就業規則等の見直しにあたっての考慮要素は、次のとおり考えられる。

  • 副業・兼業を原則認めることとすること。
  • 労務提供上の支障がある場合など、例外的に副業・兼業を禁止または制限することができるとされている場合を必要に応じて規定すること。
  • 副業・兼業の有無や内容を確認するための方法を、労働者からの届出に基づくこととすること。

以上であるが、副業・兼業に伴う労務管理を適切に行うためには、届出制など副業・兼業の有無・内容を確認するための工夫を設けておくことが望ましい。

また、副業・兼業に関しては、労働者の心身の健康の確保、ゆとりある生活の実現の観点から法定労働時間が定められている趣旨も踏まえ、長時間労働にならないように配慮することも重要な対応といえる。さらに、労働基準法や労働安全衛生法による規制等を潜脱するような形態等で行われる副業・兼業は認められず、就労の実態に応じて、同法における使用者責任が問われることにも留意しなければならない。さらに、労働者が副業・兼業に係る相談・自己申告等をしやすい環境づくりも課題であり、合わせて労働者が相談・自己申告等を行ったことにより不利益な取扱いは行わないことを徹底する体制が求められるといえる。

 

副業・兼業の促進に関するガイドライン わかりやすい解説6頁

出典:モデル就業規則より抜粋
厚生労働省『副業・兼業の促進に関するガイドライン わかりやすい解説』(2022年10月)、6頁。

労働者の副業・兼業について、裁判例では、労働者が労働時間以外の時間をどのように使用するかは基本的には労働者の自由であることが示されていることから、上記就業規則第68条第1項において、労働者が副業・兼業できることを明示している。なお、どのような形で副業・兼業を行う場合であっても、過労等により業務に支障を来さないようにする観点から、就業時間が長時間にならないよう配慮することが望ましい。さらに、労働者の副業・兼業を認める場合、労務提供上の支障や企業秘密の漏洩がないか、長時間労働を招くものとなっていないか等を確認するため、上記第2項において、労働者からの事前の届出により労働者の副業・兼業を把握することを規定している。特に、労働者が自社、副業・兼業先の両方で雇用されている場合には、労基法第38条に定める労働時間の通算の概念を踏まえ、労働者の副業・兼業の内容等を把握するため下記に掲載している「副業・兼業に関する届出」等を用いて重要事項の確認を労使間で行うことが考えられる。

 

副業・兼業に関する各種様式例

出典:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000192188.html
「副業・兼業に関する各種様式例」(参照2022年12月16日)。

2)副業・兼業を実施する前の取り組みとして求められること

①副業・兼業の内容の確認

使用者は、当然には労働者の副業・兼業を知ることができないため、労働者からの届出・申告等により、副業・兼業の有無・内容を確認することが一般的といえる。その際、使用者は、副業・兼業が労働者の安全や健康に支障をもたらさないか、禁止または制限しているものに該当しないかなどの視点から、副業・兼業の届出内容を確認した結果すること。その内容に問題がない場合は、副業・兼業の開始前に下記に挙げている「副業・兼業に関する合意書様式例」を活用し、労使で合意をしておくことにより、労使双方がより安心して副業・兼業を行えるようにする対応も望ましいとされる。

 

副業・兼業に関する合意書様式例

出典:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000192188.html
「副業・兼業に関する合意書様式例」厚生労働省、(参照2022年12月16日)。

②労働時間の管理<所定労働時間>

原則的な方法と管理モデルによる方法の2通りについて取り上げていく。

a)所定労働時間の通算(原則的な労働時間の管理方法)

前述までの段階で確認した副業・兼業の内容にもとづき、自社の所定労働時間と副業・兼業先の所定労働時間を通算し、時間外労働となる部分があるかを判断する。そして、所定労働時間を通算した結果、自社の労働時間制度における法定労働時間を超える部分がある場合は、その超えた部分が時間外労働となり、時間的に後から労働契約を締結した企業が自社の36協定で定めるところによってその時間外労働を行わせることとなる。

 

副業・兼業の促進に関するガイドライン わかりやすい解説15頁

出典:厚生労働省『副業・兼業の促進に関するガイドライン わかりやすい解説』(2022年10月)、15頁。

b)管理モデルの導入(簡易的な労働時間の管理方法)

まず、管理モデルについて触れる。

副業・兼業の日数が多い場合や、自社と副業・兼業先の双方で所定外労働がある場合などにおいては、労働時間の届出・申告等や労働時間の通算管理において、労使双方の手続上の負荷が高くなることが考えられる。そのような背景から、管理モデルは、労使双方の手続上の負担を軽減しつつ、労働基準法に定める労働条件基準が遵守される手段として、具体的な方法として次のとおり示している。

Ⅰ:副業・兼業の開始前に、

(ⅰ)当該副業・兼業を行う労働者と時間的に先に労働契約を締結していた使用者(以下「使用者A」とする。)の事業場における法定外労働時間

(ⅱ)時間的に後から労働契約を締結した使用者(以下「使用者B」とする。)の事業場における労働時間(所定労働時間及び所定外労働時間)

を合計した時間数が時間外労働の上限規制である単月100時間未満、複数月平均80時間以内となる範囲内において、各々の使用者の事業場における労働時間の上限をそれぞれ設定する。

Ⅱ:副業・兼業の開始後は、各々の使用者が上記Ⅰで設定した労働時間の上限の範囲内で労働させる。

Ⅲ:使用者Aは自らの事業場における法定外労働時間の労働について、使用者Bは自らの事業場における労働時間の労働について、それぞれ自らの事業場における36協定の延長時間の範囲内とし、割増賃金を支払う。

 

副業・兼業の促進に関するガイドライン わかりやすい解説16頁

出典:厚生労働省『副業・兼業の促進に関するガイドライン わかりやすい解説』(2022年10月)、16頁。

 

以上のような管理モデルを導入するためには、副業・兼業を行う労働者に管理モデルにより副業・兼業を行うことを求め、労働者と当該労働者を通じて副業・兼業先がそれに応じることが前提となるため、自社、労働者、副業・兼業先の三者間における協力が肝要といえる。

なお、自社と副業・兼業先の労働時間を通算して、法定労働時間を超えた時間数が時間外労働の上限規制である単月100時間未満、複数月平均80時間以内となる範囲内において、各々の事業場における労働時間の上限を設定しなければならない点も忘れてはならない。

 

副業・兼業の促進に関するガイドライン わかりやすい解説17頁

出典:厚生労働省『副業・兼業の促進に関するガイドライン わかりやすい解説』(2022年10月)、17頁。

3)副業兼業の導入後の対応<所定外労働時間>

副業・兼業の開始後は、自社の所定外労働時間と副業・兼業先における所定外労働時間とを当該所定外労働が行われる順に通算していく。なお、上述の1) ② a)の所定労働時間の通算は、労働契約締結の先後の順となっており、所定労働時間と所定外労働時間で通算の順序に関する考え方が異なる。つまり、“所定労働時間”は“契約の前後関係”が優先されるが、“所定外労働時間”は契約の順番ではなく、労働した時系列に基づいて、割増賃金を負担する事業場が決まる点に留意する必要がある。

①労働時間の管理

a)所定外労働時間の通算(原則的な労働時間の管理方法)

<自社と副業・兼業先のいずれかで所定外労働が発生しない場合>

  • 自社で所定外労働がない場合は、所定外労働時間の通算は不要。
  • 自社で所定外労働があるが、副業・兼業先で所定外労働がない場合は、自社の所定外労働時間のみ通算する。

<通算した結果、自社の労働時間制度における法定労働時間を超える部分がある場合>

その超えた部分が時間外労働となり、そのうち自ら労働させた時間について、自社の36協定の延長時間の範囲内とする必要があるとともに、割増賃金を支払う必要がある。具体的には、下記に掲載する図がわかりやすく示している。

 

副業・兼業の促進に関するガイドライン わかりやすい解説20頁

出典:厚生労働省『副業・兼業の促進に関するガイドライン わかりやすい解説』(2022年10月)、20頁。

b)管理モデルの実施(簡易的な労働時間の管理方法)

1)② b)により、設定した労働時間の上限の範囲内において労働を認めていることが前提にある。管理モデルの仕組みにより、使用者A(自社)はその法定外労働時間について、使用者B(副業・兼業先)はその労働時間すべてについて、それぞれ割増賃金を支払うこととなる。ただし、「管理モデルによる労働時間管理を行う合意書」において、使用者Aが、法定外労働時間に加え、所定外労働時間についても割増賃金を支払うこととしている場合には、使用者Aは所定外労働時間の労働についても割増賃金を支払うことになるため、三者間において契約内容の認識に相違がないようにしておくことも重要な取り組みの一つとなる。

②健康管理の実施

労働時間の管理と合わせて、労働者の健康管理も使用者の重要な責務と位置付けられている。そのため、企業と労働者がコミュニケーションをとり、労働者が副業・兼業による過労によって健康を害したり、現在の業務に支障を来したりしていないか、確認することが使用者に望まれている。使用者は、労使の話し合いなどを通じて、次のような健康確保措置を実施することが重要と考えられる。

  • 労働者に対して、健康保持のため自己管理を行うよう指示する。
  • 労働者に対して、心身の不調があれば都度相談を受けることを伝える。
  • 副業・兼業の状況も踏まえ必要に応じ法律を超える健康確保措置を実施する(※)。
  • 自社での労務と副業・兼業先での労務との兼ね合いの中で、時間外・休日労働の免除や抑制を行う。

(※健康診断や長時間労働者に対する面接指導などは各事業場において実施されるものである。よって、実施対象者の選定においては、副業・兼業先の労働時間は当然に通算されるものとはされていない。)

 

3、副業・兼業の現状等

最後に、副業・兼業の現状や、各社会保険制度と関連性について紹介する。

1)実態調査

副業・兼業を希望する者は年々増加傾向にある。副業・兼業を行う理由は、収入を増やしたい、一つの仕事だけでは生活できない、自分が活躍できる場を広げる、様々な分野の人とつながりができる、時間のゆとりがある、現在の仕事で必要な能力を活用・向上させる等多様である。また、副業・兼業の形態も、正社員、パート・アルバイト、会社役員、起業による自営業主等多様な働き方が選ばれている。

 

副業・兼業の促進に関するガイドライン わかりやすい解説22頁

出典:厚生労働省『副業・兼業の促進に関するガイドライン わかりやすい解説』(2022年10月)、22頁。

2)労災保険の給付(休業補償、障害補償、遺族補償等)

<業務上災害>

事業主は、労働者が副業・兼業をしているかにかかわらず、労働者を1人でも雇用していれば、労災保険の加入手続を行う必要がある。なお、労災保険制度は労働基準法における個別の事業主の災害補償責任を担保するものであるため、従来その給付額については、災害が発生した就業先の賃金分のみに基づき算定していたが、複数就業している者が増えている実状を踏まえ、複数就業者が安心して働くことができるような環境を整備するとして、「雇用保険法等の一部を改正する法律」(令和2年法律第14号)により、非災害発生事業場の賃金額も合算して労災保険給付を算定することとした。さらに、脳・心臓疾患や精神障害においても複数就業者の就業先の業務上の負荷を総合的に評価して労災認定を行うこととしている。

<通勤災害>

なお、労働者が、自社、副業・兼業先の両方で雇用されている場合、一の就業先から他の就業先への移動時に起こった災害については、通勤災害として労災保険給付の対象となる。給付額については、業務上災害と同様の仕組みによりに算出される。

(事業場間の移動は、当該移動の終点たる事業場において労務の提供を行うために行われる通勤であると考えられ、当該移動の間に起こった災害に関する保険関係の処理については、終点たる事業場の保険関係で行うものとしている。(労働基準局長通達(平成18年3月31日基発第0331042号)))

 

複数事業労働者への労災保険給付 わかりやすい解説(令和2年9月)01

複数事業労働者への労災保険給付 わかりやすい解説(令和2年9月)02

出典:https://www.mhlw.go.jp/content/000662505.pdf
「複数事業労働者への労災保険給付 わかりやすい解説(令和2年9月)」厚生労働省、(参照2022年12月16日)。

3)雇用保険、厚生年金保険、健康保険

<雇用保険>

雇用保険制度において、労働者が雇用される事業は、その業種、規模等を問わず、全て適用事業(農林水産の個人事業のうち常時5人以上の労働者を雇用する事業以外の事業については、暫定任意適用事業)に該当する。このため、適用事業所の事業主は、雇用する労働者について雇用保険の加入手続きを行うことが求められる。ただし、同一の事業主の下で、①1週間の所定労働時間が20時間未満である者、②継続して31日以上雇用されることが見込まれない者については被保険者とはならず適用除外となる。

なお、令和4年1月より65歳以上の労働者本人の申出に基づくことを前提として、一の雇用関係では被保険者要件を満たさない場合であっても、二の事業所の労働時間を合算して雇用保険を適用する制度が開始されている。

一方で、同時に複数の事業主に雇用されている者が、それぞれの雇用関係において被保険者要件を満たす場合、その者が生計を維持するのに必要な主たる賃金を受ける雇用関係についてのみ被保険者となる。そのため、副業・兼業をしている場合は、雇用保険上の給付においては、労災保険と異なり、主たる賃金のみが給付額に反映される点も肝心といえる。

<社会保険>

社会保険(厚生年金保険及び健康保険)が適用される要件は、事業所ごとに判断するため、複数の雇用関係に基づき複数の事業所で勤務する者が、いずれの事業所においても適用要件を満たさない場合は、適用されない(労働時間等を合算して適用要件を満たすという考え方は行われない)。一方で、同時に複数の事業所で就労している者が、それぞれの事業所で被保険者要件を満たす場合には、被保険者は、いずれかの事業所の管轄の年金事務所及び健康保険組合等を選択し、当該選択された年金事務所等において各事業所の報酬月額を合算して、標準報酬月額を算定し、保険料を決定する。その上で、各事業主は、年金事務所等から通知される被保険者に支払う報酬の額により按分した保険料を、選択した年金事務所等に納付することとなる。

4)裁判事例の紹介

上述で紹介した就業規則は、副業・兼業について「届出制」を採用している。

そのような中、副業・兼業を行うにあたり、労働者の自由であることが原則であるものの実際には企業として認めがたいという事情も想定できる。参考として、副業・兼業を認めるべき判断基準や自社との信頼関係を継続・維持していくための要素として参考となりうる事例を紹介する。

①マンナ運輸事件(京都地判平成24年7月13日)

運送会社が、準社員からのアルバイト許可申請を4度にわたって不許可にしたことについて、後2回については不許可の理由はなく、不法行為に基づく損害賠償請求が一部認容(慰謝料のみ)された。

②東京都私立大学教授事件(東京地判平成20年12月5日)

教授が無許可で語学学校講師などの業務に従事し、講義を休講したことを理由として行われた懲戒解雇について、副業は夜間や休日に行われており、本業への支障は認められず、解雇無効とした。

③十和田運輸事件(東京地判平成13年6月5日)

運送会社の運転手が年に1、2回の貨物運送のアルバイトをしたことを理由とする解雇に関して、職務専念義務の違反や信頼関係を破壊したとまでいうことはできないため、解雇無効とした。

④小川建設事件(東京地決昭和57年11月19日)

毎日6時間にわたるキャバレーでの無断就労を理由とする解雇について、兼業は深夜に及ぶものであって余暇利用のアルバイトの域を超えるものであり、社会通念上、会社への労務の誠実な提供に何らかの支障を来す蓋然性が高いことから、解雇有効とした。

⑤橋元運輸事件(名古屋地判昭和47年4月28日)

会社の管理職にある従業員が、直接経営には関与していないものの競業他社の取締役に就任したことは、懲戒解雇事由に該当するため、解雇有効とした。

⑥協立物産事件(東京地判平成11年5月28日)

本件において、使用者との雇用契約上の信義則に基づいて、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならないという付随的な義務を負い、原告の就業規則にある従業員の忠実義務もかかる義務を定めたものと解されるとしたうえで、外国会社から食品原材料等を輸入する代理店契約をしている会社の従業員について、在職中の競業会社設立は、労働契約上の競業避止義務に反するとされた。

 

4、おわりに

副業・兼業を行う労働者の労務管理を行う場合には、労働時間の管理が最も複雑とされている。特に5ページでも挙げているように36協定に基づく労働時間の上限規制は厳密に遂行する必要があり、違反状況によっては送検対象となる懸念も否めない。適切な労務管理の一端として、まずは労働者の他社における就業状況の確認や安全配慮義務の側面から労働者の健康への配慮も同様に行うことが重要といえる。

コロナ禍においては、在宅で就労をするという選択肢も広まったため、出勤しなくとも副業・兼業が行いやすい環境に近づいているともいえる。そういった視点からも今後はより副業・兼業を前提とした労務管理が肝心とされるのではないだろうか。

次節では、選択型週休3日制について述べていくこととする。

【参考資料】

  1. 労務行政研究所「副業・兼業の最新実態」労政時報4017号(2021年7月9日)、16頁。
  2. 厚生労働省『副業・兼業の促進に関するガイドライン わかりやすい解説』(2022年10月)。
  3. 厚生労働省『「副業・兼業の促進に関するガイドライン」Q&A』(2022年7月)。
  4. 厚生労働省「複数事業労働者への労災保険給付 わかりやすい解説」(令和2年9月)。
  5. 厚生労働省「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」(2021年3月)。

第4章 第3節 選択型週休3日制

第4章 第3節 選択型週休3日制

千鳥ヶ淵研究室 研究員 今井将太

前節では、副業・兼業について論じてきたが、本節では、選択型週休3日制に関する事柄について述べていく。

1、はじめに

現在労働基準法上の休日の定めは、1週に1日以上または4週に4日以上である。にもかかわらず週休2日制を採用している企業が多いのは、1日の所定労働時間を8時間に設定した場合に、週の労働日数を5日以内にしなければ、週の所定労働時間が40時間を超えることになるからである。

選択型週休3日制とは、その名の通り法令の定めによるものではなく、企業により選択的に導入される制度である。コロナを乗り越えた先の多様な働き方実現の1つの形としての、選択型週休3日制について述べていく。

2、選択型週休3日制を導入する際の考慮要素

1)賃金と労働時間

選択型週休3日制は賃金と労働時間の設定により、大きく3種類のパターンに分類することができる。

  • 給与減額型

1つ目のパターンは、選択型週休3日制の導入に伴い労働時間を減少させるとともに、減少させた労働時間に合わせて給与も減少させる方法である。例えば1日8時間、1週40時間の所定労働時間であったものを1日の所定労働時間を8時間のまま完全週休3日制にした場合、1週の所定労働時間は32時間(8時間×4日)に短縮される。労働時間がもとの8割となっているため、ノーワーク・ノーペイの原則に応じて基本給も8割程度まで減少させるパターンである。仕事関係の諸手当(役職手当等)についても比例減額させることが通例だが、福利厚生的な手当(扶養手当等)は不変とするのが公正である。

  • 総労働時間維持型

2つ目のパターンは、1日の所定労働時間を延ばすことで、業務量・賃金水準を維持する方法である。例えば1日8時間、1週40時間の所定労働時間であったものを1日の所定労働時間を10時間に変更することで、1週の所定労働時間を40時間(10時間×4日)のままとすることができる。休日日数は増えるものの労働時間に変更はないため、給与の減少は発生しない。また、1日の所定労働時間を10時間にする都合上、労使協定を締結し、変形労働時間制を合わせて導入する必要がある。

  • 給与維持型

3つ目のパターンは休日を増やす分労働時間は減少させるが、給与水準は維持する方法である。労働者にとって非常に有利に働く方式ではあるが、制度の適用対象者が会社内の中で限定される場合には注意が必要になってくる。

2)対象者

選択型週休3日制を社内に導入する場合、制度の対象者をどのように設定するかにより、様々な留意事項が存在している。

  • 個人単位で導入する場合

個人単位で選択して週休3日制の適用となる場合、希望者全員に対し適用するか、育児・介護等の事由がある場合に限り認めるかを検討する必要がでてくる。特に給与維持型を適用する場合には、対象外の社員と不公平感が出てくることは否めない。特定の事由にのみ認めることで社員に納得感を与えることができるが、選択型週休3日制の導入目的として副業・兼業を推奨することは難しくなるであろう。

一方、個人単位で導入する場合には、休む人員の業務に対する交代要員の確保が容易である。組織内でワークシェアリングが出来ている場合には、休日の増加に対する業務総量の低下は最小限で済むであろう。業務管理に勤怠管理・公平な人事評価といった難点も含めると、マネジメント職のスキルが求められることになるはずだ。

  • 組織単位で導入する場合

組織単位での導入となる場合、労働条件の根幹となる労働時間・賃金が個別社員の意思に関わらず変更されることとなる。労働条件の中で、休日日数・労働時間・賃金の項目について、なにをどの程度重視するかは人それぞれである。社員とのコミュニケーションを密に図り、慎重に制度を構築していく必要がある。

  • 会社全体で導入する場合

会社全体で週休3日制を採用した場合、その影響は社内にとどまらず取引先の企業へ波及する可能性がある。RPAの導入による業務効率化、業務量と納期の調整、取引先への連絡等を全社包括的に取り組み、導入前に十分な準備期間を設ける必要が出てくる。隔週で実施してみる等、試験的な導入期間を設けることを検討しても良いかも知れない。

全社員が制度の対象となるため、人事評価制度の再設計が不要となる等、導入後のマネジメントが容易な点は大きな利点としてあげられる。

3)休日

完全週休二日制を導入している企業では、休日を土曜日と日曜日に設定していることが多い。選択型週休3日制では、さらにもう1日が休日として休業日となるが、休日の定めかたは十分に考慮すべきである。

  • 休日を個人ごとに定める場合

休日を個人ごとに設定した場合、会社としての営業日は変わらないため、ワークシェアリングを十分にできていれば、会社全体での対外的な労働生産性を大きく落とすことにはならないであろう。しかし、社内的な会議・打ち合わせ等の日程調整は困難になり、上記前提となっているワークシェアリングそのものの難易度が上がってくる。適用対象の単位が個人か組織かに関わらず、勤怠管理が複雑となり企業としての負担は大きくなる。

一方で、休日を設定する裁量が個人に委ねられるため、多様な働き方を支援することで優秀な人材の確保を目的としている企業にとっては、積極的に採用したい方式であろう。

  • 休日を組織・会社単位で統一する場合

休日を統一させて場合、導入時には取引先への事情説明等で労力を要することにはなるが、逆手にとって職場改善・働きやすい風土を社外へアピールする契機にもなりえる。業務プロセスの改善等を人事部門のみならず、企画部門やシステム部門等を交えて検討する必要がある。導入時の労力は個人単位で導入するより大きいものになるが、その後の運用は安定しやすい。

3、導入事例

厚生労働省では働き方・休み方改善ポータルサイト・多様な働き方の実現応援サイトで、多くの導入事例を公表している。ここでは業種の異なる企業事例を3つ紹介する。

事例①SOMPOひまわり生命保険会社(金融・保険業)

導入目的:働き方の選択肢を増やすことで、仕事と育児・介護の両立を支援する環境を整え、介護・育児離職を防ぐこと。シニア社員の多様な働き方を支援し、多様な働き方を認めること。

制度の特徴:
・妊娠・育児・介護中の社員および再雇用社員(61歳以上)が対象。
・短時間・シフト勤務との併用を可能とし、自身にあった働き方を選択できる。
・基本給および賞与を週5勤務者の4/5とする。

事例②メタウォーター株式会社(建設業)

導入目的:外国企業等との市場競争の激化や労働力の減少、若年層を中心とした勤労観の変化といった会社を取り巻く環境の変化に適応するため。

制度の特徴:フレックスタイム制を活用し、従来1日7時間45分、週5日勤務としていたところを、1日9時間45分、週4日勤務を可能とした。

事例③株式会社JTB(サービス業)

導入目的:社員一人ひとりが自律的に働き方の柔軟性を高めることで、イノベーション創出と生産性・専門性の向上を図る。

制度の特徴:
・年間の所定労働時間・勤務日数を5つのパターンから選択できる。
・実際の勤務日は月別の取得計画を作成する。
・各人の1日の労働時間については、休日の指定とともに2ヶ月ごとに策定する。

ワーク・ライフ・バランスを重視する企業やホワイトカラーの仕事については、個人単位での取得を可能としている企業が目立つ。一方で集団での作業や特定の人が必要となる工場のラインや建設業といった業種では、組織単位で週休3日制を導入するケースが多いようである。

働き方・休み方改善ポータルサイト: https://work-holiday.mhlw.go.jp/case/index.php?action_kouhyou_caseadvanced_fourdayworkweek=true

多様な働き方の実現応援サイト: https://part-tanjikan.mhlw.go.jp/navi/case-search/

4、おわりに

前述の通り、選択型週休3日制は導入企業の業種や導入目的に合わせて、対象者や労働時間の制度設計を行う必要がある。選択型週休3日制の普及が進まないのは、法令上導入が義務付けられていない点もあるが、模範となる事例が少なく会社ごとに適した制度設計が困難であることも大きな要因であろう。

令和3年就労条件総合調査の概況をみると、現状として、選択型週休3日制を導入している企業は、全体として10%にも満たない。

令和3年就労条件総合調査の概況

出典:令和3年就労条件総合調査の概況

企業規模が大きいほど導入率も高い傾向にあるが、従業員数1,000人以上の企業であっても、まだまだ普及しているとは言い難い12.6%にとどまっている。政府の掲げる「経済財政運営と改革の基本方針」、通称骨太の方針で2021年より、多様な働き方の推進の1つとして推奨され始め、現在も模索が続いている状況だ。

コロナ禍においては、出勤日数を減らすことで感染症対策になるため導入を検討されていたが、ビヨンドコロナの時代においては働き方改革の選択肢の1つとしての導入になる。ワーク・ライフ・バランスの実現による人材の確保および定着や副業・兼業推進と並行してのスキルの向上など、選択型週休3日制のもたらす効果は多種多様である。導入を検討する際には企業内での目標となるビジョンを明確化し、十分な労使間のコミュニケーションを取ったうえでの制度設計が不可欠である。また、導入後も従業員のニーズの把握と制度の修正が必要となってくる。

繰り返しにはなるが、選択型週休3日制はその名の通り法令で義務付けられているわけではなく、努力義務でもない。影響が大きい制度だけに、事例が増えるまでしばらく様子見を決め込むことも、企業としての1つの有効な戦略になるだろう。

次節では、インクルージョンとダイバーシティについて述べていく。

第4章 第4節 ダイバーシティとインクルージョン

第4章 第4節 ダイバーシティとインクルージョン

千鳥ヶ淵研究室 主任研究員 小松 容己

 

前節では、選択型週休3日制度について論じてきたが、本節では、ダイバーシティとインクルージョンに関する事柄について述べていく。

 

1、はじめに

 

わが国は、世界各国と同様にコロナ禍によって人的・経済的損害をもたらしたが、労働環境の視点で言えば、時間や場所を問わない働き方へと繋がって、働き方改革を促進している。

実際に、人材版伊藤レポート(持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書)においては、時間や場所にとらわれない働き方を選択できる就業環境が進んでいると記述がある。

また、人材戦略の具体的な内容として、5つの共通要素を挙げているが、そのうちの1つに「個々の人の多様性が、対話やイノベーション、事業のアウトプット・アウトカムにつながる環境にあるのかという要素」(知・経験のダイバーシティ&インクルージョン)を挙げている。

近年は、ダイバーシティだけでなく、インクルージョンの関心も高まっているため、改めてダイバーシティとインクルージョンについて整理していく。

 

2、ダイバーシティとインクルージョンの違い

 

ダイバーシティは、直訳すると多様性になる。ビジネスで言えば、女性、障害者、外国人等といった表面的な多様性だけでなく、労働者の考え方、思想、アイデアといった意味も内包していると考えられる。

一方で、インクルージョンは、直訳すると包含と言った意味になり、元は教育の分野で使われた考え方であり、障害を持った子供が社会に参画することをインクルーシブ教育と呼んでいる。障害を持っているからという理由で養護学校等に通学するのではなく、他の子供たち同様の学校に通学し、障害の有無にかかわらず、各人の能力を伸ばす教育を目指すという考え方である。

ビジネスに言われるインクルージョンという考え方は、インクルーシブ教育が元にあり、

組織に含まれる労働者の価値観や意見が尊重され、認められることを指すとされている。

ダイバーシティは、多様性な人材が集まっている状態であり、その多様性を認める考え方である。そして、インクルージョンは、多様な人材が集まり、相互に機能している状態であり、各人の考えた方等を認める考え方と整理することができる。

近年、経済産業省でも推進されているダイバーシティ経営もそうであるが、ダイバーシティ&インクルージョンという考え方は、多様性を認めるだけでなく多様な人材を活かし、その能力を発揮できる場を提供することで価値を生み出すということである。

ダイバーシティ&インクルージョンが重視されてから随分と時間が経つが、SDGsへ取り組み(2015年9月に開催された国連サミットにおいて採択された目標で、日本語で直訳すると「持続可能な開発目標」とされる。これには、17のゴールと169のターゲットで構成され、2030年までに誰一人取り残さない持続可能で多様性と包括性のある社会の実現を目目指す取り組み)やグローバル化の影響、少子高齢化による労働力人口の減少によって今後ますますダイバーシティ&インクルージョンの推進が課題となっていくと考えられる。

 

3、取り組み

 

1)女性活躍推進

ダイバーシティ&インクルージョンの取り組みとして最も多く挙げられるのが、女性の活躍推進だろう。女性活躍の取り組みは、2016年に施行された「女性活躍推進法」を軸に加速したといえる。いまや女性の活躍は、企業の持続的成長や人材の多様性を実現するため、経営戦略には不可欠な要素とされている。

しかしながら、取り組みの一つとされている女性管理職を有する企業割合は、係長相当職ありの企業では21.0%、部長相当職ありの企業では12.1%(厚生労働省「2022年度雇用均等基本調査」)と、以前と低いことが読み取れる。業種・業界で様々だが、課題を正確に把握し、その課題解決に向けて取り組んでいる企業は着実に成果が上がっていることから、成功事例として多くの企業は参考にすべきところである。

 

2)外国人労働者の雇用

ダイバーシティ&インクルージョンの一つである外国人労働者の雇用は、ビジネスにおけるグローバル化に対応するためである。企業の取り組み例としては、考え方や文化が異なる外国人労働者が活躍できる職場環境を整備することや優秀な人材を集めるために海外で開催される就活イベントに参加するケースもあるようだ。

 

3)障がい者の雇用

障がい者雇用は、前述したインクルーシブ教育の考え方と同様に重視されるべき取り組みである。企業によっては、障がい者がスキルアップできるように資格取得の支援制度や社内に障がい者向けの相談窓口の設置などを実施している。

また、国も障がい者雇用率に相当する人数の障がい者の雇用を義務付けている。

 

4)シニア層の雇用

シニア層は専門知識を有しており、人手不足になると言われるわが国にとっては貴重な人材である。企業によっては、雇用していた社員に継続して働いてもらえるように再雇用する上限年齢を上げ、又は定年制度の廃止などの取り組みを実施している。

2021年4月に施行された改正高齢者雇用安定法では、65歳までの雇用確保が義務、65歳から70歳までの雇用確保が努力義務と定められ、国としても希望するシニア層が働くことができる土壌作りを積極的に行っている。

 

5)LGBTへの配慮

LGBTへの配慮もダイバーシティ&インクルージョンでは重要である。社員同士で多様な価値観を認め合っている企業では、ビジネスにおける競争力も高くなりやすいといえる。そのため、LGBTといったマイノリティな価値観を受容することは、高い競争力が求められる近年のビジネスでは重要であることが伺える。

日本企業では、今でも性的マイノリティに対する理解が乏しいケースが多く、雇用を促進する前にLGBTといったマイノリティへの理解を深めるための取り組みが必要である。このような取り組みを行っていないと、優秀な人材が退職する可能性もある。企業によっては、LGBTの差別禁止を社内規定に明記したり、LGBTへの理解を補うためのセミナー受講を行う等している。

 

4、おわりに

 

ダイバーシティ&インクルージョンは、もともと米国で生まれた考え方で、多くの先進諸国で取り組まれている。ただし、日本企業では、まだまだダイバーシティ&インクル―ジョンの考え方が浸透されていない。

今、ダイバーシティ&インクルージョンの推進を阻害する要因として、アンコンシャスバイアスが注目されている。アンコンシャスバイアスとは、「無意識の偏見」や「無意識の偏った考え方」等と訳される。どのような立場の人であれ、この考え方に陥りやすいとされているので、近年では、誰しもがアンコンシャスバイアスという考え方を持っているということを認識させる研修等が行われている。多くの人がアンコンシャスバイアスを認識すれば、上述の通り、ダイバーシティ&インクルージョンはより推進していくものと思われる。

また、ダイバーシティ&インクルージョンを推進するためには、職場環境・制度作りが必要になってくる。例えば、評価制度はあるが、年齢や勤続年数に応じて評価が上がる年功序列型制度であると、人材も集まらなくなる。明確に評価基準があれば必然と人材も集まってくるだろう。

今後は、ダイバーシティ&インクルージョンの必要性がますます高まるとされるので、人材確保ということはもちろん、社会貢献にも繋がることを意識していく企業が増えていくものと考えられる。

 

次節では、第1節から第4節を総括し述べていくこととする。

 

第4章 第5節 総括

第4章 第5節 総括

千鳥ヶ淵研究室 統括責任者 小林幸雄

2020年から3年間にわたり、千鳥ヶ淵研究室が執筆してきた「コロナ禍における労務管理」も第4章が最終章となるが、新型コロナウイルスが感染法上の二類から五類への移行が決定され、政府の指針による3月13日からマスクの着用が個人の判断となった今月が、奇しくも私の担当する第5節の総括となった。
当社では2023年3月13日をもって社内でのマスクの着用を個人の判断とし(リモートで行う全拠点一斉の朝礼時は、マスク不可)、出社時の検温記録を取りやめ、応接室・会議室の感染防止パネルの廃棄、受付に配置した消毒液の撤去など、一連の新型コロナ感染防止措置を廃止した。
これらの対策が、新型コロナウイルスの感染防止にどのくらい貢献できたのか数値によって示すことができれば興味深いが、いずれにしても煩わしい感染防止の習慣から解放され、商談や出張など気兼ねなく仕事に専念できる日常が戻ったことで、コロナ禍は収束したと考えている。
第4章は、第1節ジョブ型雇用、第2節副業・兼業、第3節選択型週休3日制、第4節インクルージョンとダイバーシティということで、コロナ渦を超えた新たな働き方の方向性を論じてきたが、コロナ禍を経て当社の就労環境も大きく変化した。
代表的なものはリモートでコミュニケーションを取ることが日常になったことである。第1章の総括でも述べたが、当社では育児や介護、転勤に応じられない勤務を想定してテレワークを位置づけていたが、今後は生産性向上に貢献するコミュニケーション手段として、リモートワークはさらに便利に進化していくものと考えている。
リモートによるコミュニケーションは、効率化という点で便利であるがデメリットもある。誰かとコミュニケーションを取るときは、確かに言葉も重要だが、感情も伝えていることを忘れてはならない。私は、感情を表現するうえで大切なものが表情であると考えている。先日リモートで行った採用面接で応募者が顔を出さないことがあった。リモートによる面接や商談は、背景や容姿・表情もその場の評価に影響するという事を考えるべきである。
また、リモートワークは同僚や先輩たちの仕事ぶりを見ることや、上司の判断を簡単に仰ぐことができないので、自分の就労やキャリアを自分で管理し築くことが必要となる。
コロナ禍は、企業も従業員も変化しないことが自身のリスクとなることを教えてくれたと思う。本章で述べたように、ジョブ型雇用、兼業・副業、ダイバーシティ・インクルージョン、リスキリングなど雇用環境や働き方が多様化し、企業は従来の考え方を変え柔軟に対応することが必要となった。従業員もまたOJTやOFF-JTによって自身のキャリアを形成することに加え、従業員自身が何になりたいか自らゴールを定め、その目標に向かってセルフコーチングする必要があると考える。
当社は、社会保険労務士のほか様々な資格取得の支援制度があるが、目標は従業員が決め、会社はそのゴールのためにサポートをしたいと考えている。
コロナ禍が収束し企業の採用活動も旺盛であるなか、今月に行った当社の採用活動で気づいたことであるが、20代前半の応募者で3回以上転職を経験している者も少なくない。何になりたいのか明確でない従業員が、安易な転職によって自身の将来を変えることができるとは思わない。
従来の判例では、企業が職能の足りない従業員を退職させたい場合、従業員の職能に関しての育成措置を企業の責任とし、従業員自身もキャリアアップの手段を企業に求める傾向にあった。しかしながら、企業にティーチングを求めるのではなく、自分自身でコーチングできるようになることが新たな働き方であり、従業員の豊かな未来を築くことになると思う。
当社は、コロナ禍でセミナーや展示会出展の中止を余儀なくされ、営業活動に影響がでたが、2020年6月からリモートセミナーを開始し、SNSでの情報発信をこまめに行い、コロナ禍によって影響を受けた売上の減少を補うことができた。
また、ものづくり補助金を活用して、弊社の開発による「e-asy電子申請.com」を改修し、事業所ごと、手続きごとに行っていた手続きを一括で申請できるようにし、社会保険手続きの大量処理を可能にした。さらにRPAの導入により効率化を図り、作業環境のDX化も進展した。それらの企業努力の結果、4月からは従業員数10万人を超える企業からの受託も内定し、業務開始に向け導入作業を進めている。
3年間のコロナ禍は、価値観や日常を大きく変化させたが、当社ではコロナ禍によって受けた経営上の試練を乗り越え、現在に至っている。これからもどんな苦難が待ち受けようと、当社の受付に掲額している二文字「」 瞬時に仕事に取り組み と「」 厳密に仕事に向き合う という行動指針の下、事業を継続させ成長し続けることを宣言して「コロナ禍における労務管理」を終了する。