第2章 第1節 安全配慮義務

第2章 第1節 安全配慮義務

千鳥ヶ淵研究室 主任研究員 高嶋茂雄

1、安全配慮義務とは

安全配慮義務とは、労働契約法第5条に次のような定めがある。

「使用者は、労働者契約に伴い、労働者がその生命身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」

これは、仕事中に怪我をしたり、健康を害するようなことがないように労働できるよう、会社は配慮をする義務を負うことを意味する。

2、コロナ禍における安全配慮義務

コロナ禍の現在においては、次のような感染予防対策も安全配慮義務の一環といえる。

1)テレワーク

2)時差出勤

3)社内環境整備

(アクリル板の設置、定期的な換気、少人数での打ち合わせ、マスクの着用義務化、消毒液の備え付け、手洗いうがいの勧奨など)

 弊社にも多く相談を寄せられた「マスク着用を義務化できるかどうか」については、上述の安全配慮義務の観点からも可能であると考えるが、会社がマスクを用意するもしくは、その費用を負担するなどして、会社が積極的に義務の履行を果たすための努力をすることも忘れてはならない。会社が積極的に義務の履行を果たすための努力をするという観点から、テレワークの実施についても同様と言える。たとえば、テレワークの実施について、労働者の任意の選択により在宅と出勤を選択できるようにすることは良いが、そのような場合でも、暗に出勤を強制するような言動により、労働者がやむを得ず出勤を選択せざるを得ない状況に追い込まれているようであれば、感染予防対策を履行したとは言い難いであろう。

なお、安全配慮義務は、働く場所に関わらず雇用契約に基づいて労働する場合に等しく適用されるものだから、テレワークにおいて勤務している場合にも適用される。

安全配慮義務を履行したというためには、次の2点に注意しなければならない。

1)予見可能性・・・労働者の身体や健康を害することが予見できたかどうか

2)回避可能性・・・予見できたとしても、結果を回避することができたかどうか

会社が安全配慮義務を怠った場合、民事上の責任を追及される可能性が高まる。

例えば、飲食を伴う懇親会や、大人数や長時間におよぶ飲食が伴う飲み会や宴会を会社が主催し実行した結果、従業員が新型コロナウイルスに感染してしまったような場合は安全配慮義務を問われかねないと言える。

 

また、発熱がありコロナウイルス感染症の疑いがあるような従業員を就労させてしまった結果、他の従業員が感染してしまった場合は、上述の予見可能性(予見できたにも関わらず)、回避可能性(結果を回避しようとしなかった)共に、怠ったことになるであろう。

この他、濃厚接触者となった従業員についても同様である。

3、テレワークにおける安全配慮義務

会社は、在宅勤務等のテレワークで勤務する場合においても安全配慮義務を負う。そのため、在宅勤務等のテレワークで勤務する場合には、その労働衛生上の問題点を解決するように配慮する必要があるといえる。

加えて近年は、テレワークをしている従業員に対する嫌がらせ、いわゆる「テレハラ」が問題になっている。安全配慮義務は、身体の健康や安全のみならず、心の健康についても配慮を求めている。

次節以降ではこれらテレワークにおける労働衛生上の問題点や、テレワークにおけるハラスメント等についても触れていく。

第2章 第2節 会社における健康管理

第2章 第2節 会社における健康管理

千鳥ヶ淵研究室 主任研究員 千本春菜

会社はどのようにして従業員の健康管理を行う必要があるのだろうか。今節では、会社が労働者の健康を確保するための措置について、原則的なものとコロナ禍におけるものの二つの措置に分けて述べていく。

1、会社が行うべき健康確保措置

原則、会社が行わなければならない健康確保措置として、次のようなものが挙げられる。

1)年一回の定期健康診断

2)労働時間の管理(客観的な把握)

3)ストレスチェック

定期健康診断については、労働安全衛生規則第44条に「事業者は、常時使用する労働者に対し、一年以内ごとに一回、定期に医師による健康診断を行わなければならない。」と定められている。これには、従業員が作業することにより引き起こされる事故や疾病を防ぎ、またはそれを早期発見し被害の拡大を防止する目的がある。また、個々の従業員の診断結果は職場の作業管理の重要な情報であり、環境改善のための資料ともなり得る。

労働時間の管理については、労働基準法により使用者は労働時間を適切に管理する責務を有しているほか、労働安全衛生法第66条8の3において労働時間の把握が義務づけられている。この際、タイムカードの記録やパソコンの使用記録等、客観的な方法で把握を行う必要がある。この目的として、長時間労働者に対して産業医などの医師による面接指導を確実に実施することなどが挙げられる。

ストレスチェックについては、労働安全衛生法第66条の10、労働安全衛生法施行令第5条において、労働者が常時50人以上いる事業所では毎年1回全ての労働者に対してストレスチェックを実施することが義務づけられている。ストレスチェックとは、ストレスに関する質問票に労働者が記入し、それを集計・分析することで自分のストレスがどのような状況にあるのかを調べる検査のことである。

2、コロナ禍における健康確保措置

コロナ禍においては、原則行われる健康確保措置に加えて職場の感染症対策も行う必要がある。厚生労働省では、感染症対策を実施するためのポイントとして次の5点を挙げている。

1)テレワーク・時差出勤等の推奨

2)体調不良の際に休みやすいルールの策定、雰囲気づくり

3)職場の三密を避ける工夫(距離の確保、換気等)

4)「感染リスクが高まる『5つの場面』」での対策、呼びかけ

5)感染防止のための基本的な対策(消毒、咳エチケット等)

これらの措置は会社主体で積極的に実践していくとともに、従業員への周知や協力を求めていく必要がある。特に外国人労働者がいる職場では、感染症対策を周知させる方法として、外国語に翻訳した資料を渡したという実践例もある。

また、テレワーク下では、以下のようなチェックリストで対策が提示されている(図表1抜粋)。

健康確保対策としては、

      • テレワーク中の労働者の健康診断受診における負担軽減に配慮しているか
      • テレワーク中の労働者にオンラインで面接指導を行った場合、医師に事業場や労働者に関する情報を提供し、円滑に送受信可能な情報通信機器を用いて実施しているか

メンタルヘルス対策としては、

      • 時期を逸せずにテレワーク中の労働者がストレスチェックを受けられる配慮をしているか
      • ストレスチェック結果の集団分析は、テレワークが通常の勤務と異なることに留意して行っているか

その他の対策としては、

      • 同僚とのコミュニケーション、日常的な業務相談や業務指導を円滑に行うための取組がされているか
      • 災害発生時・業務上の緊急事態発生時の連絡体制を構築し、テレワーク中の労働者に周知させているか

以上のように、会社は常に従業員の健康確保を求められ、コロナ禍の現在においては更なる措置を講じなければならない。次節では、テレワークにおける衛生規則について述べていく。

図表1(抜粋)

厚生労働省 : https://www.mhlw.go.jp/content/000755113.pdf

第2章 第3節 事務所衛生

第2章 第3節 事務所衛生

千鳥ヶ淵研究室 主任研究員 遠藤恵

本節では、在宅勤務等のテレワークで勤務する場合において、会社に求められる安全配慮義務の一端である労働衛生上の問題に連なる事項として、テレワークにおける適切な就労環境ついて確認する。

1、労働安全衛生法と作業環境

労働安全衛生法は、労働基準法と相まって、職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを一つの目的としている。テレワークを実施している場合においても、会社には同法の定めに基づき、労働者の安全と健康を確保するための措置を講ずる必要が求められている。

しかしながら、テレワークを行う作業場が、労働者の自宅等、会社が業務のために提供している作業場以外である場合には、事務所衛生基準規則(昭和47年労働省令第43号)、労働安全衛生規則((昭和47年労働省令第32号)(一部、労働者を就業させる建設物その他の作業場係る規定))及び「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」(令和元年7月12日基発0712第3号)は一般には適用されないことから、会社は、自宅等で働く労働者に対して、これらの規則に定める基準と同等の作業環境となるように助言等を行うことが望ましいとされてきた。

2、テレワークのためのガイドライン

令和3年3月25日に公表された「テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン」(以下、「ガイドライン」という)では、在宅勤務であっても、会社における職場と同等の環境を整えられるよう、会社が従業員に助言等を行うことが望ましいと明示され、会社が適切に労務管理を行い、労働者が安心して働くことができる良質なテレワークを推進するために、労使双方にとって留意すべき点、望ましい取組等を明らかにしたものである。

職場環境に注目すると、具体的に次のような環境整備(※1)が求められている。

【部屋】
・設備の占める容積を除き、10㎥以上の空間を確保すること

【照明】
・机上は照度300ルクス以上あること

【窓】
・換気設備を整え、ディスプレイに太陽光が入射する場合にはカーテン 等を設ける

【椅子】
・安定していて移動が簡易であることや、高さを調整でき、
傾きを調整できる背もたれ・ひじ掛けがあること

【机】
・十分な広さと空間があり、体型に見合ったものであること

【PC】
・ディスプレイとキーボードは分離して位置を調整できることや、
操作のしやすいマウスを使用していること

【室温・湿度】
・気流の速度や、室温、相対湿度を適切に保つよう努めること

【その他】
・椅子に深く腰掛けている等、正しい姿勢で足の裏が床についている姿勢が基本となっていること
・ディスプレイとの距離の確保や、PC等の操作が過度に長時間にならないようにすること

3、テレワークにおける作業環境の重要性

会社は、労働者がテレワークを初めて実施するにあたって自宅の環境を職場と同等の基準に近づけるために、「自宅等においてテレワークを行う際の作業環境を確認するためのチェックリスト【労働者用】(※2)」を活用する等により、適切に実施されることを労使で確認した上で、作業を行わせることが重要といえる。

さらに、会社による取組が継続的に実施されていること及び自宅等の作業環境が適切に維持されていることを、当該チェックリストを活用しつつ、定期的に確認することが望ましい取り組みと考えられる。

一般的に、在宅勤務の環境整備というと、PCやインターネットなどの通信環境が重視されがちであるが、それ以外の椅子や机、照度なども重要な環境整備の一つであることを忘れてはならない。

そのため、会社が従業員に対して在宅勤務を命じるときや許可を出す際には、上述のような環境が整っていることを確認することが望ましいのではないだろうか。

仮に、環境の整っていない従業員に無理やり在宅勤務を行わせ、業務上災害が起こった場合、会社は安全配慮義務違反を問われる懸念も残る。

以上のことから、会社が在宅勤務を促進していくためには、事務所衛生基準に従業員の在宅環境を近づけていくことが、今後さらに重要となるだろう。そのためには、会社が環境整備のための費用を負担したり、在宅勤務そのものを許可制に留めておくといった対応を視野に入れることも考えられる。次節では、コロナ禍におけるメンタルヘルスについて述べていく。

 

※1 自宅等でテレワークを行際の作業環境整備

厚生労働省:https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/000546922.pdf

 

※2 自宅等においてテレワークを行う際の作業環境を確認するためのチェックリスト【労働者用】

厚生労働省:https://www.mhlw.go.jp/content/000759469.pdf

第2章 第4節 メンタルヘルス

第2章 第4節 メンタルヘルス

千鳥ヶ淵研究室 研究室長 上村美由紀

本節では、在宅勤務等のテレワーク勤務におけるメンタルヘルスについて述べる。テレワークが浸透する一方、突然の環境変化によってメンタルヘルス不調を感じる労働者が増えている。企業と従業員のメンタルヘルス対策について考察する。

1、ストレスを感じる労働者の増加

メンタルヘルスとは「心の健康状態」のことを指す。厚生労働省ではメンタルヘルス不調を「労働者の心の健康の保持増進のための指針」※1(以下「指針」という。)の中で「精神及び行動の障害に分類される精神障害や自殺のみならず、ストレスや強い悩み、不安など労働者の心身の健康、社会生活及び生活の質に影響を与える可能性のある精神的及び行動上の問題を幅広く含むもの」と定義づけている。
令和2年9月に厚生労働省が調査した「新型コロナウイルス感染症に係るメンタルヘルスに関する調査」によると、令和2年4月から5月の間で何らかの不安等を感じていた人の割合は63.9%にものぼり、感染に対する不安や行動制限等、人々の心理面に大きな影響が生じていることが分かる。また、令和2年8月17日厚生労働省「これからのテレワークでの働き方に関する検討会」参考資料「テレワークを巡る現状について」より、テレワーク業務上の不安として、
・非対面のやりとりで相手の気持ちが分かりにくく不安
・会話が減って寂しさを感じる
・上司から公平・公正に評価してもらえるか
・成長できる仕事を振ってもらえるか等、
業務時の不安、社内評価やキャリアへの不安を感じている従業員が多いことも分かった。

社会的に不安定な状況が続く中、テレワークという不慣れな環境ではメンタルヘルスに与える影響は大きく、メンタルヘルス不調下において、従業員が最大限のパフォーマンスを発揮することは難しい。生産性の低下のみならず、休職や離職の引き金となり、企業全体の業績低下にもつながりかねない。
平成20年4月9日内閣府男女参画会議 仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)に関する専門調査会によると、メンタル面等の理由で休職者がでることは、休職者1人あたり422万円ものコストであると試算している※2。
企業は、職場環境安全配慮義務の観点のみならず、経営上のリスクマネジメントの観点からも、従業員のメンタルヘルス不調を未然に防ぐため、策を講じる必要があるといえる。

2、企業のメンタルヘルス対策

労働安全衛生法第70条の2に基づき、厚生労働省は、企業が従業員のメンタルヘルス対策が適切かつ有効に実施されるよう指針を定めている。
実施にあたっては、次の3つの予防を示している。
・一次予防(メンタルヘルス不調となることを未然に防止する)
・二次予防(メンタルヘルス不調者を早期に発見し、適切な対応を行う)
・三次予防(メンタルヘルス不調となった労働者の職場復帰支援を行う)
企業には、これらの予防が円滑に行われるような対策が求められている。
中でも、平成27年12月1日に施行されたストレスチェック制度※3は、メンタルヘルス不調を未然に防止する一次予防の取組みとして開始されたものであることからも、一次予防が重要であることが伺える。
また、これらの取組みにおいては4つのケアが継続的かつ計画的に行われることが重要であると定めている。すなわち企業はまず「心の健康づくり計画」※4を策定し、「セルフケア」「ラインケア」「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」「事業場外資源によるケア」を行うことを推進している。さらに、メンタルヘルスケアを推進するにあたり、「心の健康問題の特性」「労働者の個人情報保護への配慮」「人事労務管理との関係」「家庭・個人生活等の職場以外の問題」に留意するよう促している。

①セルフケア
従業員が自分自身で行うメンタルヘルス対策のことであり、3.従業員のメンタルヘルス対策で述べる。
②ラインによるケア
管理監督者が行うケアのことであり、管理監督者が職場のストレス要因を把握し改善を行う。具体的には、部下からの相談対応や職場復帰をする際の支援が上げられる。
③事業場内産業保健スタッフ等によるケア
産業医や衛生管理者によるケアのことであり、①セルフケア②ラインによるケアが効果的に実施されるよう支援を行う。個別のケースを扱うだけでなく、企業全体のメンタルヘルスケアの実施に関する企画立案、教育研修等も行う。
④事業場外資源によるケア
専門知識を有する外部の機関やサービスを活用する。

企業は、3つの段階の取組みと4つのケアを継続的かつ計画的に実施し、従業員のメンタルヘルス不調の予防と発生時の対処を適切に行うことが求められる。
働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト厚生労働省こころの耳(以下「こころの耳」という。)に、職場のメンタルヘルス教育ツールとして研修資料等が掲載されているので参考にされたい。
https://kokoro.mhlw.go.jp/download/

3、従業員のメンタルヘルス対策

労働契約法第5条で企業に職場環境安全配慮義務が課されているのとともに、従業員にも労働安全衛生法第26条に罰則付きで自己保健義務が定められている。すなわち、企業が行う措置に対し、従業員自身も安全に労働できるよう健康状態を管理することが求められている。
前項①セルフケアは従業員自身がメンタルヘルスに対して理解を深め、自分自身を適切に対処することである。そのために有効な手段の一つとして、ストレスチェックが上げられる。ストレスチェックは、企業が従業員に対して心理的な負担の程度を把握するための検査であるが、従業員自身のストレスへの気づきを促してメンタルヘルス不調の予防を図るためのものでもある。
こころの耳では、働く方へ、というサイトも用意されており、主にセルフケアや、つらさを感じたとき等、相談窓口も設置されており、従業員の拠り所となっている。
https://kokoro.mhlw.go.jp/worker/
メンタルヘルス対策は企業の義務であるが、従業員にも自己保健義務が課されているのであるから、企業任せとせず、自身のストレスや心の健康状態について、正しく認識し対処する必要がある。

 4、まとめ  筆者の視点からメンタルヘルス対策を考える

当社は、人事労務のエキスパートとして企業を支援する立場であるから、お客様にとって、より現実味のあるアドバイスやサポートを心掛けている。企業に対してアドバイスを行いながら、自社では企業としての責務を果たしていない、経験していないことを指導しても、説得力に欠け、たとえ良い内容だったとしても、お客様に寄り添った助言はできないと考えているからだ。
現在従業員数は全体でも30人程であるが、従業員数50人以上の事業場が義務である衛生委員会も設置・開催し、精神保健指定医でもある産業医の選任もしている。ストレスチェックも、その後の産業医面談も実施している。平成31年2月には経済産業省「健康経営優良法人2019」にも認定され、継続して認定されている。
また、コロナ禍においてテレワークが進むと、会社と従業員、従業員同士のコミュニケーションも希薄になることから、EQ(educational intelligence quotient 心の知能指数)研修を行い、自分の感情をコントロールし、他人の感情を理解する能力の向上にも努めている。
https://6seconds.co.jp/emotional-intelligence

社内の職場環境向上の観点からも、当社の品質維持・向上、業績向上の観点からも、職場環境整備には積極的に関わっていきたい。
従業員が安心してイキイキと働けるための環境整備が、優秀な従業員の定着、従業員満足となり、それが従業員一人ひとりの仕事にも直結して、お客様の満足にもつながる。お客様の満足に繋がれば、業績にも良い影響を与え、従業員に還元することができ、ますます企業の発展に繋がると考える。

当社の社是は「仕事は楽しくチームワークで」である。楽しくとは、仲良く仕事をすることでもなければ、ラクに仕事をすることでもない。ましてや、楽しくするのは会社でもない。一緒に働く仲間が同じ目的を持って同じ方向を向き、チームで協力し合って成し遂げる。知らなかった知識を得、困難を乗り越えて、目標を成し遂げたとき、達成感や満足感を実感することで、仕事が楽しくなる。一人ひとりの考え方ひとつで、仕事は辛く苦しいものであるか、楽しく充実したものであるかが決まるのである。
メンタルヘルス対策は企業の重要課題であるが、組織として動いている以上、従業員一人ひとりのすべての望みを叶えること、不満を解消することは到底できない。
であるならば、メンタルヘルス対策の一番の根幹は、従業員一人ひとりの問題、すなわち上述したセルフケアの効果的な実践が最も重要だと言える。ましてや、テレワーク下においては、対面と比べて特にコミュニケーションを取ることが難しい。例えばメールやチャットのみの対話の場合、その場の空気感、状況や感情がその行間からは感じ取れない場合が多く、誤った解釈に繋がる危険性もある。そんなときの不満や不安、すれ違いから、メンタルヘルス不調に繋がりやすいと考える。

企業には安全配慮義務があり、従業員には自己保健義務がある。
企業の安全配慮義務を果たすためには、第一に経営者自身が心身の健康に気遣う。そして、管理監督者へのメンタルヘルス対策が重要である。自分自身が安定していなければ、他人を気遣う余裕はなくなる。自分の機嫌は自分で責任がとれるように、先のEQ研修等は効果的と考える。
企業は、メンタルヘルス不調者への事後対応に追われることなく、教育研修や情報提供を行う等、まずは従業員が自らメンタルヘルス対策を行えるよう啓蒙し環境を醸成していくことが必要だ。
それが結果として従業員の成長に繋がり、企業の発展に繋がると、筆者は考える。

次節では、コロナ禍におけるハラスメントについて述べていく。

 

※1 参考資料
「職場における心の健康づくり~労働者の心の健康の保持増進のための指針~」
https://www.mhlw.go.jp/content/000560416.pdf

※2 詳細は、平成20年4月9日男女共同参画会議 仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)に関する専門調査会 企業が仕事と生活の調和に取り組むメリット参照
https://www.gender.go.jp/kaigi/senmon/wlb/index-wlb200409.html

※3 ストレスチェック制度とは
厚生労働省「改正労働安全衛生法に基づく、ストレスチェック制度とは?」より抜粋
定期的に労働者のストレスの状況について検査を行い、本人にその結果を通知して自らのストレスの状況について気付きを促し、個人のメンタルヘルス不調のリスクを低減させるとともに、検査結果を集団ごとに集計・分析し、職場におけるストレス要因を評価し、職場環境の改善につなげることで、ストレスの要因そのものも低減させるものであり、さらにその中で、メンタルヘルス不調のリスクの高い者を早期に発見し、 医師による面接指導につなげることで、労働者のメンタルヘルス不調を未然に防止する取組です。

※4 心の健康づくり計画
労働安全衛生法第69条により、企業にはメンタルヘルス対策の基本方針として「心の健康づくり計画」を策定することが努力義務となっている。
「職場における心の健康づくり~労働者の心の健康の保持増進のための指針~」
https://www.mhlw.go.jp/content/000560416.pdf
P6参照

第2章 第5節 ハラスメント

第2章 第5節 ハラスメント

千鳥ヶ淵研究室 主任研究員 黒沢和也

本節では、コロナ禍における職場内のハラスメントについて、新型コロナウイルス感染症に対する恐怖心・誤解や偏見により、知らず知らず誰かを排除したり、差別をする事のないよう、正しい知識と対応について確認していく。

1.新型コロナウイルス感染症に対して過剰な反応にならない

ハラスメントの大きな原因は「新型コロナウイルス感染症に対する不安やストレス」と考えられる。本章「第4節コロナ禍におけるメンタルヘルス 1、ストレスを感じる労働者の増加」において、厚生労働省「新型コロナウイルス感染症に係るメンタルヘルスに関する調査」より「何らかの不安を感じた人の割合」は6割を超えている。また、不安の対象としては「自分や家族の感染への不安」が6割以上と最も多く、この様な状況下からハラスメントが発生しやすい環境が生み出されているのではないだろうか。

不安やストレスを軽減するためには、感染方法、感染期間、予防対策等を理解し自ら新型コロナウイルス感染症に感染しない対応を心掛けなければならない。厚生労働省 「新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)」※1では次のように記載している。

・新型コロナウイルス感染症にはどの様に感染するのか
感染には一般的に飛沫感染と接触感染が考えられる。
飛沫感染 感染者の飛沫(くしゃみ、咳、つばなど)と一緒にウイルスが放出
され、他者がそのウイルスを口や鼻などから吸い込んで感染する。

接触感染 感染者がくしゃみや咳を手で押さえた後、その手で周りの物に触れ
るとウイルスがつく。他者がそれを触るとウイルスが手に付着し、
その手で口や鼻を触ることにより粘膜から感染する。

・感染者から感染する可能性があるのはいつまでなのか
発症の2日前から発症後7~10日間程度の期間、他者に感染させる可能性が
あるとされている。

・新型コロナウイルス感染症の予防法
基本的な感染予防(咳エチケット、手指衛生等)や不要不急の外出の自粛、3
つの密(密閉、密集、密接)を避けること等が重要である。

上記を踏まえ、職員間の距離確保、定期的な換気、仕切り、マスクの徹底など、密にならない工夫を行い、職員へのストレス軽減を心掛けたい。新型コロナウイルスに感染した方を思いやり、その立場を守って行動していくよう努力していきたい。

2.インターネット上で見受けられる職場内でのハラスメント例

インターネットで、「新型コロナウイルス ハラスメント」で検索すると、数多くのハラスメント情報が検索される。その中より企業内で発生している事例を掲載してみた。

・あなたの奥さん、病院で働いてるんだよね。悪いけどしばらく出社は控えてほしい。

・新型コロナウイルスに感染した職員が会社に復帰するとき「陰性証明を持ってこい」と言われた。

・○○さん職場復帰したけど後遺症があるみたい。感染するかもしれなから近寄らないようにしよう。

・コロナウイルスによる休職後、治癒したために復職したが職場内で避けられるようになり、私一人だけ別室に隔離されるようになった。

・○○さん新型コロナウイルスに感染したんだって。どうせ夜遊びして感染したんじゃない?

・コロナワクチンを接種していない職員に対して「出勤停止」と言われた。

この様な発言の多くは、企業や自分自身を守るためかもしれないが、つい誰かを排除したり差別的な発言をしたりすることのないよう企業全体で冷静に対応するよう心掛けていかなければならない。

ハラスメントとは嫌がらせの総称であり、「セクシャルハラスメント」「パワーハラスメント」「モラルハラスメント」等がある。ハラスメントが企業に及ぼす悪影響は、人材流出、社会的信用の失墜、民事上の責任、権利侵害等多くのリスクをもたらす。使用者として責任を負う企業に対しても、使用者責任に基づく損害賠償請求(民法709条、715条)や、労働者に対して負う安全配慮義務違反として債務不履行責任に基づく損害賠償請求(民法415条)を受けることも十分に考えられる。そのため企業としてはコロナ禍独特のハラスメントもありうることを想定して職員への配慮を行いつつ、差別的取り扱いがなされないよう十分に模索し続けることが重要といえるのではないか。

次節では、第1節から第5節を総括し述べていく。

<参考資料※1>
・新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html

<参考資料※2>
・2020年(令和2年)6月1日より、職場におけるハラスメント防止対策が強化されました!
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000683138.pdf

第2章 第6節 総括

第2章第6節 総括

千鳥ヶ淵研究室 主任研究員 小松容己

本章の総括にあたって、現在我が国のコロナウイルス感染状況とワクチン接種状況を見てみよう。

<ワクチン接種状況【2021/10/23時点 政府CIOポータルサイトより】>
人口 126,645,025人
接種数 170,590,424回
1回目接種数 89,326,879回
1回目接種率 70.53%
2回目接種数 81,263,545回
2回目接種率 64.17%
<世界におけるワクチン接種状況【NHK特設サイト 新型コロナウイルスより】>
ワクチン 少なくとも1回接種した人(割合) 2021/10/22時点※Our World in Dataから取得
スペイン 81.10%
韓国 79.10%
イタリア 76.80%
日本 76.32%
中国 76.22%
<国内感染者数 2021/10/24時点>
感染者数 1,716,692人
死亡者数 18,191人
新規感染者数 277人(2021/10/23時点)

新型コロナウイルス感染拡大を予防に有効とされるワクチン接種率も約70%となり、世界的にも高水準のものとなった。また、感染者に対する治療についても、厚生労働省は、新型コロナウイルスの軽症患者などを対象にした「抗体カクテル療法」(新型コロナウイルスに結合する2種類の抗体を混ぜ合わせて使用する治療)について、10月5日までに全国でおよそ3万5000人が投与を受けたと見られると発表されるなど、重症化を防ぐための対策も前進していることが見受けられる。
新型コロナウイルスの感染が広まった2020年初頭と比べて、その拡大は緩やかに縮小傾向にあり、加えて長らく続いた緊急事態宣言も解除され、近い将来元の日常を取り戻せる予感を感じさせる数字となった。
そこで、本節では、新型コロナウイルスの感染拡大期から執筆を開始した本書の振り返りとして、コロナ禍における在宅勤務の実態と課題について総括していく。

1、在宅勤務の利用実績

企業規模が大きくなるほど、導入率が高くなる傾向がある。これは、情報機器や環境整備の負担が大きいことから、必然と中小企業で導入することが困難であることが理由として挙げられる。

業種別にみると、情報通信業が圧倒的に高く、医療・福祉や運輸業・郵便業等は低い。これは、業種によっては、在宅勤務に向き不向きがあるからといえる。直接患者と接する業務が多い医療・福祉の利用率が進んでいないのも一つの例である。

2、在宅勤務における課題

①在宅勤務を実施してみた生じた課題1 労働時間

労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう。在宅勤務での労働時間管理の方法は、会社で勤務する場合と同様の管理が必要となる。原則的な方法として、使用者が自ら現認することにより確認することやタイムカード、ICカード、PCの使用時間の記録での管理をすることが挙げられる。
在宅勤務の場合は、クラウド上の出退勤管理システムでの打刻、管理者に対してメールによる報告を行う、自己申告制の割合が多いことが特徴である。

在宅勤務者の労働時間制度としては、通常の労働時間管理の他に、フレックスタイム制や変形労働時間制を導入している企業が多い。

在宅勤務が定着し、私生活との境界が曖昧になり、長時間労働のリスクが高まっている。そこで、労働時間外の業務連絡を受けない「つながらない権利」が世界的に注目されている。欧州などで法制化を進める国も増えている。今後は日本も柔軟な働き方と労働者の健康を両立させるルールの策定が求められていくことだろう。また、在宅勤務時の労働管理には、仕事の場と私生活の場が混在していることを前提とした、在宅勤務者に負担をかけない方法を構築する必要があるといえる。

②在宅勤務を実施してみた生じた課題2 諸経費

在宅勤務を行うことによって生じる費用(通信費、情報機器費用等)については、通常の勤務と異なり、在宅勤務を行う労働者がその費用を負担することがあり得ることから、労使のどちらがどのように負担するか、また、使用者が負担する場合の限度額、労働者が請求する場合の請求方法等については、事前に労使で話し合い、就業規則等において定めておくことが必要となっている。

東京都が「2021年 春季賃上げ調査」のなかでコロナ禍における組合活動に関する付帯調査を実施したが、そのなかで、諸経費(通信・光熱費)の支給を4割ほどの組合が要求事項として回答している。このことから、今後も労働者を採用する際や在宅勤務を導入する際に、適切な費用負担となるようその取扱いについて、労使でよく話し合うことが望ましいだろう。

3、原則出勤へ切り替える(元に戻す)際の懸念点

緊急的に取り入れた在宅勤務には、複数の課題が見受けられる。
コロナウイルスの感染拡大が落ち着き、日常生活が戻った場合、その課題を理由に、従来の働き方に戻す可能性もある。この場合の注意点にも触れておこう。

原則出勤へ切り替える際の懸念点としてのポイントは、それが不利益変更となるか否かであろう。コロナ禍の対応として、適用した労働時間制等を変更した際の規程等に、元に戻すことが予定されているのであれば、その場合は当然に、その規程に則って元に戻すことになり、不利益変更の問題とはならない。ただし、元に戻す際は、労使で調整を図ることは言うまでもないだろう。
一方で、労働時間制等を変更した際の規程等に、元に戻すことを予定するものがなければ、変更した条文を削除することが必要となるので、不利益変更の問題となるだろう。
原則、労働条件は使用者と労働者の合意によって決まる。つまり、使用者と労働者双方で労働条件を合意した場合は、使用者は一方的に労働条件を変更することができないのである。しかし、その変更に合理性・変更後の就業規則の周知がある場合は、変更することができるとされている。それは以下によって総合的に判断される。

1)労働者の受ける不利益の程度
2)労働条件変更の必要性
3)変更後の就業規則の内容の相当性
4)労働組合等との交渉状況
5)その他就業規則の変更に係る事情

ただし、通常の不利益変更の問題と異なるのは、「元の労働条件に戻る」、という不利益であることだ。以前の労働条件に戻るだけなので、労働者への不利益の程度が問題となる。ここでは、コロナ禍により変化した感染リスクが、元に戻す時点でどのように変化したのかが、労働者の不利益の程度においてポイントとなる。つまり、感染リスクが低下したとか、感染リスク対応の方法がある程度確立した等の変化があれば、労働者の不利益の程度は低下すると考えられる。つまり、業種によっては、業務の性質上、出勤して労働した方が生産性が上がる・効率的であるという場合は、在宅勤務勤務を変更するという必要性は高くなるといえる。

4、おわりに

在宅勤務は、ウィズコロナの「新しい生活様式」に対応した働き方であると共に、時間や場所を有効活用できる働き方でもある。今後は、企業の諸事情等により原則的な働き方に戻すことも考えられるが、継続して在宅勤務の導入・定着を図っていくことが重要ではなかろうか。