第3章 第6節 電子申請の普及
千鳥ヶ淵研究室 研究員 安山佳菜子
前節ではその他の施策~押印省略について~を述べてきたが、本節では、コロナ禍における電子申請の普及について述べていく
1.デジタル・ガバメント実行計画
「デジタル・ガバメント実行計画」とは、デジタル技術の活用と官民の協力を軸とし、国や地方公共団体のサービスを見直していくことによって、行政のあり方をデジタルに対応した社会に変革していくという政府の取り組みである。現在、日本では、少子化や高齢化の進行、生産年齢人口の減少による人材不足、国際化の進展など、社会を取り巻く環境は日々変化をしている。一方で、IT技術については、目覚ましい進歩を遂げており、こういった事情を背景として、以前より問題視されていた行政のデジタル化の遅れを改善し、「安心、安全かつ公平、公正で豊かな社会の実現」を目指すための計画として策定された。
また、デジタル・ガバメント実行計画では、この計画を「単に情報システムを構築する、手続きをオンライン化する、手続きコストを削減するということを意味するものではない」としている。計画の大きな目的は、IT技術の活用によって、利用者目線に立った行政サービスを提供することである。
「デジタル・ガバメント実行計画(平成30年1月16日初版)」にて、一連のサービスは、「すぐ使えて」、「簡単で」、「便利」な行政サービスであり、最初から最後までデジタルで完結されるサービス(行政サービスの100%デジタル化)と掲げている。年齢・性別・地域・国籍・言語といった異なるバックグラウンドを持つ人々の要求にあった形でのサービスを提供するという点において、日本が目指す未来社会像であるSociety 5.0時代を実現するための基礎を構築することが期待される。
なお、新型コロナウィルス感染症の流行に伴い、デジタル・ガバメント実行計画は令和2年12月に改訂されている。
デジタル・ガバメント実行計画中では、以下の「デジタル3原則」と呼ばれる基本方針が示されている。
1.デジタルファースト
個々の手続・サービスが一貫してデジタルで完結する
2.ワンスオンリー
一度提出した情報は、二度提出することを不要とする
3.コネクテッド・ワンストップ
民間サービスを含め、複数の手続・ サービスをワンストップで実現する
具体的に社会保険関連の手続きについていえば、デジタル3原則に則してデジタル・ガバメント実行計画が進むことにより、1つの手続きがデジタルで完結するため郵送対応や実際に窓口に出向くことが不要になり、1つの行政機関に届け出ることで複数の行政機関の手続きが完了し、行政手続きに必要な添付書類を何度も用意する必要がなくなるなど、企業側と従業員側の負担も大きく減ることとなるだろう。
(出典:内閣官房 情報通信技術(IT)総合戦略室「デジタル手続法案の概要について」)
2.コロナ禍で加速するデジタル化
コロナ禍以前より推し進められていたデジタル化は、新型コロナウィルス感染症が急拡大し、感染防止のため緊急事態宣言の発令や外出の制限、3密(密閉・密集・密接)を避ける行動が推奨されたことにより、デジタル化が進まなかった分野においても急速に広がっていった。
新しい生活様式(不要不急の外出自粛・営業時間の短縮など)に基づいた日常生活を求められ、コロナウィルス感染症対策を行いながら、非対面・非接触であるデジタルを活用することで、コロナ禍以前の生活を継続していくことが可能となっている。在宅時間が増えたことにより、オンラインサービスの利用率が大幅に増加し、インターネットでの買い物や有料動画配信サービスの利用、ネット注文で食事を宅配するサービスなど、コロナ禍以前も一定数の需要はあったものの、新型コロナウィルスの拡大により急激に需要が高まったといえる。
一方で、様々な課題もあげられている。総務省が実施した調査では、「情報セキュリティ」、
「リテラシー」、「利活用が不十分」、「通信インフラが不十分」及び「端末が十分に行き渡っていない」など、利用者のインターネットに対する不安があげられており、これはデジタル化が進まない一因となっているだろう。これらの課題を解決しないことには、さらなるデジタル化の促進は難しいはずだ。インターネットショッピングの利用に伴うスマホ決済不正利用の増加、フィッシング詐欺や在宅勤務の増加に伴うセキュリティの脆弱性を利用した機密情報・顧客情報の流出など、個人や企業に関わらずインターネット上での問題は多く発生している。また、インターネット上で様々な情報があふれている中で、膨大な情報の中から受け取った情報の真偽を見極める姿勢が 個々人に求められているため、リテラシーの向上や、インターネット利用に関する教育も今後の課題となっていくはずだ。さらなるデジタル化の加速を促すためには、デジタル化を前提として、業務の見直し、新たな業務形態、サービスの提供方法などの確立は必須と考えられる。
3.電子申請の普及について
デジタル化の促進・手続きの簡素化にあたり、令和2年4月から一定規模以上の企業の社会保険手続きや労働保険の一部手続きに関する申請は、電子申請の義務化が開始された。一定規模以上の企業とは、「資本金、出資金または銀行等保有株式取得機構に納付する拠出金の額が1億円を超える法人」としている。また、社会保険・労働保険の一部手続きとは以下のとおりである。
〈健康保険・厚生年金保険〉
・被保険者報酬月額算定基礎届
・被保険者報酬月額変更届
・被保険者賞与支払届
〈労働保険〉
継続事業(一括有期事業を含む)を行う事業主が提出する以下の書類
・年度更新に関する申告書
・増加概算保険料申告書
〈雇用保険〉
・被保険者資格取得届
・被保険者資格喪失届
・被保険者転勤届
・高年齢雇用継続給付支給申請
・育児休業給付支給申請
これは、社会保険労務士や社会保険労務士法人が、対象となる法人に代わって手続きを行う場合においても電子申請にて申請をする必要がある。各府省庁が所管する様々な行政機関への申請や届出などの手続きをウェブ上で行うことができる電子申請システムであるe-Govを通して行うか、外部連携APIに対応したソフトを利用して申請することができる。
大規模法人の電子申請の義務化や、従業員の署名や押印省略、マイナンバーの記載による添付書類の省略など様々な取り組みが実施され、その結果、平成25年度には6.9%だった電子申請の利用率は、令和2年度には39.1%と大きく伸びており、電子申請による手続きが普及していることがうかがえる。
4.e-Gov仕様変更
令和2年4月から始まった社会保険・労働保険の電子申請義務化や電子申請の普及促進に向け、令和2年11月にe-Govの大幅な仕様変更がされている。リニューアル時に電子政府の総合窓口(e-Gov)であった名称も、この仕様変更時にe-Govと改称している。旧e-Govでは、操作画面が複雑で入力箇所の多さ、操作の制限など課題が多くあり、e-Govを利用し電子申請する場合には、「電子証明書」が必要であった。これは、紙での手続き申請での事業主印に当たるものである。この電子証明書を申請時に、都度取り込む必要があり、かつ一定の時間内に申請を完了しなければならないなど、利用しづらい点が多くあった。また、ログインIDは任意であり、申請を行った届出の進捗確認などは、到達番号とIDが紐づけられていないため、都度申請履歴の照会が必要な状況であった。
新e-Govの利用は令和2年11月24日より開始された。e-Govの仕様変更のポイントとしては、①デザインの刷新、②マイページの導入③GビズID、googleアカウント等によるログイン④利用環境の拡大などがあげられる。リニューアルされたことで使い勝手がよくなった一方で、原因不明なシステムエラーや顧客情報の流出等セキュリティ面においては不安が残る。
(出展:総務省「e-Gov更改のお知らせ」)
5.まとめ
千鳥ヶ淵研究室 研究室長 上村美由紀
平成15年に各府省情報化統括責任者連絡会議によって「電子政府構築計画」が提出され、e-Govとしてシステム化がなされ、政府と国民との接点ができた。当時は、今よりも不便さが目立ったこと、社会保険労務士や企業の人事担当者が電子化に慣れていない、そもそも電子申請自体を知らない、といったことから、まったく電子申請は普及していなかった。平成24年度の時点では、社会保険労働保険の電子申請はわずか4.2%の普及率であった。
当社では、平成20年頃より電子化の取組みを進めており、本格的に取り組み始めたのは平成24年頃のことである。それまで、紙に直接記載もしくはシステムに入力させ出力し、ハローワークや年金事務所まで申請書類を直接窓口に出向いて提出をしていた。窓口では公文書が発行され、それらを事務所内に持ち帰り、顧客へ控えを郵送していた。
電子申請を取り入れることにより、インターネットが繋がる環境さえあれば、直接窓口に提出することなく入力作業もしくはデータの取込作業のみで手続が完了する。特に4月の新入社員入社の時期であると窓口では100人待ちということもざらであったが、その待ち時間もない。また、24時間365日いつでも申請が可能であり、全国どこからでも申請が可能である。さらに、公文書はメール添付で送信することができるため郵送代も削減される、控えはデータで保存できるので環境にも優しく、紛失等の際の再発行も可能だ。
当社では電子申請の利便性をいち早くキャッチし、本格的に進めていった結果、残業が減り、空いた時間で別のサービス展開を行っていくことで、労働時間の削減とともに、売上の拡大にも繋がり、平成26年には東京ワークライフバランス認定企業長時間労働削減取組部門で認定を受けることもできた。
管理部門の効率化が企業の体質を強化し、生産性向上に寄与することができることを実体験として体感したため、平成25年にe-GovのAPIが公開されたのを機に、当社でも電子申請システムの企画開発を行い今に至る。
令和2年には、コロナ禍で電子申請の普及率は39.1%と、爆発的に増加した。ただ、残りの60%の企業は社会保険労務士も含めて未だ紙での申請であるとも言えることから、普及率としては十分とは言い難い。電子申請を行うためには電子証明書が必要になる。GビズIDでも電子申請は可能だが、雇用保険の継続給付申請は電子証明書でしか申請ができない等、すべての手続きを網羅しているわけではないので、社会保険労務士が企業の手続きを電子申請で代行する場合には必須となる証明書である。こちらの取得率が、全国の開業社労士約27,000人において、令和4年5月末現在57.4%(全国社会保険労務士会連合会調べ、以下連合会という)である。社会保険労務士といえども40%以上が未だ紙での申請であることから、昨年10月、連合会にはデジタル化推進本部が発足された。各都道府県に2名のデジタル推進委員を設置し、ユーザビリティや改善点等を連合会にて吸い上げ、厚生労働省との協議を都度行っている。内容は非公開のため詳細は確認できないが、まずは、社会保険労務士だけでも、電子申請利用率100%を目指した取り組みをぜひ行ってもらいたい。
社会保険労務士の資格の地位の向上、認知度アップのためには、先進的と言われる取り組みを積極的に行い、企業の管理部門のお手本とならなくてはならない。当社でも引き続き、電子申請に限らず管理部門の効率化や生産性の向上に寄与すべく、当社自体でも様々なことに取り組んでまいりたい。
次節では、第1節から第6節を総括し述べていく。